物語のつくりかた 第8回 屋台のバーテンダー 神条昭太郎さん(BAR「TWILLO」代表)

神条さん

 都内に夜な夜な現れる屋台式のBAR、「TWILLO」をご存知だろうか。風の向くままに移動し、その日の営業場所は店主の神条昭太郎さんにもわからない。メニューは現在、ラム、ブランデー(カルヴァドス)、ウイスキーのいずれかのみ。さらに料金は客が決めて支払うというスタイル。今年で十三年目を迎える「TWILLO」の世界観は、訪れる人を魅了してやまない。

「TWILLO」を立ち上げたのは、二〇〇六年の夏のことです。店舗として使っているリヤカー式の屋台は、自分で勝手にイメージして描いた落書きを、町工場に持っていって作ってもらったもの。費用は80万円ほどでした。

 毎晩だいたい23時前後に店を開けますが、どこに腰を据えるのかは、当日その時まで決めていません。ただ、なんとなく足の向いた場所に落ち着いて、お客さんが来るのを待っています。ここ数年はツイッターで居場所を告知しているので、わざわざ駆けつけてくれるリピーターの方も増えました。

 以前はウイスキーやリキュール類など多くのメニューを用意していましたが、今は種類を極端に減らし、水も氷も提供しない、ストレートのみのスタイルになっています。余計なものを少しずつ削ぎ落としていったら、こういうやり方にたどり着いたんです。さらに、「決まった場所も酒もないなら、もう値段もなくていいだろう」と、昨年から価格もお客さんにお任せしてしまうことにしました。

 基本的にはよほどの嵐じゃないかぎり、雨や雪でも毎晩営業しています。大晦日や元旦の夜でも、意外とちらほらお客さんが見えるんですよ。

銀行員から一転 フリーター生活

 私はもともと長野県の生まれで、松本市からほど近い、朝日村というところで育ちました。標高が高くてかなり冷え込むものの、あまり雪が降る場所ではないので、学校の授業ではスキーではなくスケートを教えるような地域です。

 大学で初めて長野を離れ、横浜国立大学の経済学部へ進みましたが、とくに明確な夢や目標を持っていたわけではありません。当時は金融が花形だった時代で、卒業後はなんとなく銀行に就職を決めました。スーツを着て窓口業務を担当していましたから、今の姿からすると、ほとんど笑い話ですよね。

 ところが二年目のある日、転機となる出来事がありました。

 横浜の海辺にあるレストランで女性と食事をしている時に、相手が窓の向こうを見ながら、「綺麗な景色だね」と、何の気なしにつぶやいたんです。確かに気持ちよく晴れ渡り、遠くに江の島が美しく映えていて、私も少し感動しました。

 ところが、その直後に私の口から出たのは、風景に対する感想ではなく、仕事の愚痴でした。やれ、今こんな厄介な案件を抱えていて大変だ。やれ、出世するためにはもっと頑張らなければならない。そんなことをひとしきり話した次の瞬間、自分の言動に愕然としたんです。風景に感動した自分と、仕事の愚痴を吐いている自分。本当の自分は一体どちらなのだろうか、と。

 今の生活を続けていると、そのうち何事にも感動できない人間になってしまうかもしれない。そればかりか、過去に体感した感動すらも忘れてしまうのではないか。そんな強い危機感が芽生えました。

 でも、今ならまだギリギリ間に合うだろう。そう考えて、私はその日の帰りに書店に立ち寄り、辞表の書き方を解説する本を購入したのです。

 しかし、次に何をやるのか、具体的なことは何も決まっていません。そこでしばらくフリーター生活を送ることになりますが、この時期は肉体労働から議員の公設秘書まで、本当に多種多様な仕事を経験しました。なかでも一番長く続いたのがバーテンダーの仕事で、これが後に「TWILLO」の着想に繋がったのは間違いないでしょう。

 また、フリーター期間中には一年ほどアメリカに滞在した時期があります。二〇代の終わり頃、目的もあてもなく、ただ現実から逃げ出すような気持ちでニューヨークへ渡ったのですが、これが私にとって、価値観を変える大きなきっかけになりました。

 ある日、現地で仲良くなったアメリカ人に、自分の身の上を語った時のことです。勢いに任せて銀行を辞めたはいいものの、それから数年、何者にもなれていない自分に情けなさを感じていた私は、その胸の内を余すことなく彼に吐き出しました。お先真っ暗、自分はどうしようもない奴なんだ、と。すると彼は、慰めるでもなく勇気づけるでもなく、大笑いしながらこう言いました。

「ここをどこだと思ってるんだ? お前みたいにこうしてふらりと外国へ渡れるのは、恵まれている証しだ。いくらでも可能性が広がっているだろう」

 このセリフには返す言葉がありませんでした。確かに、向こうで出会った人々に比べれば、自分はなんと恵まれていることか。自分の中にある"甘え"を突きつけられた思いがしたものです。

 このやり取りがなければきっと、自分で屋台を引いて食べていこうなんて、とても思えなかったでしょう。

 やがて三〇代半ばに差し掛かると、私は「自分の力だけでお金を稼いでみたい」と考えるようになりました。

 人に雇われて給料を受け取るのではなく、自分が持つ力だけで対価を得てみたい。では、自分に何ができるのかというと、なかなかお金になりそうな技能は見当たりません。それでもこの時、私は大きく三つの条件を自分に課しました。

 それは、自分の世界観を表現できる仕事であること。次に、自由度が高いこと。そして最後に、最低限食べていけるだけのお金が稼げること、です。

 もちろん、すべてを満たす仕事を見つけるのは至難の業です。しかし、規模を極端に小さくすれば、この三つを満たす何かができるはずだと信じてもいました。

営むのは"店"ではなく「TWILLO」という空間

 最初に思い立ったのは、小さなお店を構えることでした。安直といえば安直ですが、小規模でもアイデアを凝らせば、どうにかやっていけるのではないかと考えました。しかしその反面、固定の店舗を持つのは資金的にもリスキーで、自由度に欠けます。そこでさらに熟考を重ねてたどり着いたのが、この屋台というわけです。

神条さん
キャンドルの明かりが幻想的な空間を演出する

 初めて街へ出たのは、忘れもしない二〇〇六年八月一〇日のこと。最初の数年は今のように移動せず、青山の一角に場所を決めて営業していました。七年目を過ぎたあたりから、さらなる自由度を求めて毎晩場所を変えるスタイルに移行しますが、ちょうどその頃、世の中にツイッターというツールが定着してきたのは、私にとって追い風だったと言えるのでしょうね。

 こうして路上で営業していると、いろんなお客さんが訪れます。よく、「変な客に絡まれたり、トラブルに見舞われることはないの?」と聞かれますが、不思議なことにそうした経験はこれまで一度もありません。騒々しい若者たちが興味本位でやってくることもありますが、面白いことにこの空間に入ると、「なんだか落ち着いちゃったね」とおとなしくなるんです。きっと、「TWILLO」の世界観に馴染んでくれたということなのでしょう。

 実は私は、お店をやっているつもりはないんです。店ではなく、あくまで空間を提供しているのであり、あるお客さんには「これはもう、バーではなくコンテンポラリーアートだね」と言っていただきました。言い得て妙だと感じています。

 最近では毎晩、小さな黒板にその日の"題目"を掲げています。例えば今日は「しつもん」、昨夜は「みちくさ」でした。縁もゆかりもない人たちが集まる空間ですから、雑談に花を咲かせる材料になればと思って続けています。

 十二年前から今日まで、様々な変化を重ねてきた「TWILLO」ですが、これから自分がどうなりたいのか、この空間をどうしていきたいのかは、まったくわかりません。

 でも人は本来、誰しも明日のことなんてわからないのが当たり前。私はあくまでそれを、少々エッジが利いた形で体現しているに過ぎないんですよ。

(構成/友清 哲 撮影/黒石あみ)

 

神条昭太郎(かみじょう・しょうたろう)
1972年長野県生まれ。横浜国立大学経済学部国際経済学科卒。卒業後、地方銀行に勤務するも、2年で退職。以降、さまざまなアルバイトを経験し、2003年からは衆議院議員公設秘書を約2年間務めた。その後、飲食の世界に入り、06年「モバイルサロン TWILLO」を立ち上げる。固定の店舗を持たず、屋台で都内を移動しながらTwitterやFacebookでその日の居場所を告知するというスタイルで営業している。

 

神条昭太郎さんをもっと知る
Q&A
 

Q1. 夜型? 朝型?

A1. 間違いなく夜型です(笑)。明け方帰宅して、就寝はたいてい9~10時くらい。

Q2. 犬派? 猫派?

A2. 犬派です。こういう仕事なので、もし飼うことになったら、連れてきて毎晩一緒に店番をすることになるでしょうね。

Q3. ご結婚は?

A3. していません。自由に生きていたらそういうチャンスを逃してしまい、もう諦めてしまった感じですね。

Q4. 好きな映画は?

A4. 『スター・ウォーズ』シリーズ。

Q5. 好きな音楽は?

A5. 仕事の前に必ず聴くのはモーツアルトですね。

Q6. 愛読書は?

A6. あまり本を読むほうではありませんが、アルチュール・ランボーの詩集、『地獄の季節』が好きで、一時は常にポケットに携えていました。

Q7. あこがれの人は?

A7. チェ・ゲバラ。裕福な家庭に生まれながら革命家として生きる姿に感銘を受けました。

Q8. 仕事をする際の必需品は?

A8. 葉巻セットと携帯電話。それから、今はTwitterでしょうね。

Q9. 趣味は?

A9. 強いてあげれば、ぼーっとすることでしょうか。昼間、何をするでもなくただぼんやりする時間を大切にしています。

Q10. 現在の生活で、ストレスを感じることはありますか?

A10. ありません。いろんな職業を経験してきましたが、今の仕事が一番楽しいですね。


 

神条さん
東京都内を冒険する白い屋台

モバイルサロン
TWILLO(トワイロゥ)


住所:不定
営業時間:およそ23時~深夜 
不定休

出店場所は、Twitterアカウント(@Twillo0)にて発信中

〈「STORY BOX」2018年9月号掲載〉