【著者インタビュー】柚月裕子『凶犬の眼』

映画『仁義なき戦い』や実際の広島抗争をモチーフにし、役所広司主演で映画化もされた話題作『孤狼の血』シリーズの第2弾! 著者に、作品に込めた想いを訊きました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

シリーズ1作目が映画公開中! 意地と誇りを賭けた警察VS極道の熱く壮絶な闘い!!

『凶犬の眼』
狂犬の眼 書影
KADOKAWA
1600円+税
装丁/坂詰佳苗 装画/曄田依子

柚月裕子
著者_柚月裕子
●ゆづき・ゆうこ 1968年岩手県生まれ。07年「待ち人」で山新文学賞入選及び文芸年間賞天賞を受賞し、08年第7回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作『臨床真理』でデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞。著書は他に『最後の証人』『パレートの誤算』『慈雨』『盤上の向日葵』等。大上を役所広司、日岡を松坂桃李が演じる映画『孤狼の血』が絶賛公開中。山形県在住。158㌢、A型。

命の熱さの裏側にはみっともなくて滑稽ですらあるものが滾っているから魅力的

このほど白石和彌監督、役所広司主演で映画化された柚月裕子作『孤狼の血』は、自身大ファンだという映画『仁義なき戦い』や、現実の広島抗争をモチーフとしたことでも知られる。
「もちろん暴力を肯定するつもりはなく、例えば原爆のキノコ雲の映像から始まる『仁義〜』を、私は向こう100年、草木一本生えないと言われた広島で人々が懸命に生き抜いた物語として観てきました。今でもあの緑の美しい町を歩くと、私の故郷である被災地もきっと大丈夫、と少し思うことができるのです」
シリーズ第二作『凶犬の眼』は、呉原東署捜査二課の悪徳刑事〈大上章吾〉が前作で謎の死を遂げ、彼の相棒〈日岡秀一〉が比場郡城山町の駐在所に飛ばされた平成元年から始まる。が、地元〈仁正会〉内部の〈加古村組〉と〈尾谷組〉の全面抗争を見届けた日岡も本作では一駐在に過ぎず、〈わしは捜査のためなら、悪魔にでも魂を売り渡す〉と言って違法捜査にも手を染めた大上亡き今、果たして事件など起きるのか?

因みに呉原は呉を、城山は県北の山村を模した架空の町だ。『孤狼の血』巻末には抗争後の勢力図や、日岡の平成16年までの処遇が年表形式で記され、本書及び現在連載中の『暴虎の牙』をもって、シリーズ三部作となる予定だという。
「実は『孤狼の血』を書いた当時は続編のことは全く頭になく、先輩作家にも『大上はいいキャラなのになあ』と言われました(笑い)。
ただ私からすれば大上はやはりあの形にならざるを得なかった。だから今回は日岡が何かを受け継ごうとする継承の物語、、、、、、、、、、、、、、、、を描こうと思いました。大上の教えを日岡が自分のものにするには時間もかかるし、万引き一つ起きない平和な村で地元の人に野菜をもらったりする日々の中、大上が何を伝えたかったかに気づくのも、一つの成長だと思うので」
その成長を促すのが新たな相棒との出会いだった。ある時、大上とよく通った小料理店〈志乃〉を訪れた日岡は女将の〈晶子〉から、呉原時代に昵懇じっこんの仲だった尾谷組現組長〈一之瀬守孝〉と瀧井組組長〈瀧井銀次〉が二階で商談中だと聞かされる。が、整形後も変わらない〈耳の形〉を覚えろと大上に叩き込まれた日岡は同席していた客人の方が気になる。それは〈明石組〉〈心和会〉抗争の際、明石組組長らを暗殺した首謀者として手配中の義誠連合会会長〈国光寛郎〉の耳に違いなかった。〈手柄を立てれば、所轄へ戻れる〉と彼の胸は高鳴るが、別れ際、国光は驚くことに、〈あんたが思っとるとおり、わしは国光です〉〈わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう〉と約束し、その約束を本当に守ろうとするのだ。
「男が男に惚れる瞬間ですね。国光と出会った瞬間、日岡は直感的に信用していて、国光と城山で再会してからも彼を泳がせていいのか自問しつつ、コイツだけは信じられるとやっぱり思う。その根拠なき直感を読者の方に共有してもらえるかどうかが、本書の生命線でした」
そう。国光はあろうことか〈坂牧建設〉が建設中のゴルフ場の工事責任者として城山に潜伏し、舎弟共々日岡に挨拶に来たのだ。その真意は不明だが、しばらく様子を見ることにした日岡は、地元の有力者〈畑中〉から婿候補と見込まれ、長女〈祥子〉の家庭教師を頼まれるなど、田舎の人間関係を持て余してもいた。
やがて国光や舎弟達と内偵がてら酒を酌み交わし、その一本気な人柄に日岡は魅せられていく。その一方で祥子に幼い恋心を寄せられ、川で溺れかけた彼女の従弟を助け表彰されたりもした。が、実はその時、真っ先に川に飛び込んだのも一緒に釣りをしていた国光達で、彼らのシャツ越しに浮かぶ背中の彫物を慌てて隠し、自分が救助者として名乗り出た日岡は大上同様、警官失格かもしれない。しかし人としてはどうなのか、、、、、、、、、、―。それが本シリーズを通じた最大の問いでもある。

価値観の違いは間違いではない

「ヤクザと堅気、あるいは警察官など、社会的立場や利害を越えた濃密な人間関係が、私がこのシリーズで最も書きたいものでした。
特に本作は暴力団対策法(平成4年)前夜が舞台で、それ以降は極道の在り方も一変する。もちろん日岡という男を描く以上、暴対法のことも彼が直面する事実として触れていますが、やはり昭和っぽい熱量のある関係に惹かれる傾向はあるかもしれません(笑い)」
初対面の時、〈ちいと時間をつかい〉と言った国光には、自らの身の安全以上に守りたい何かがあるらしい。が、タレコミによって警官隊に包囲され、現場事務所に立てこもった国光らは、人質と逃亡資金を要求。時間を稼ごうとする国光とこの時に交わした新たな約束、、、、、が、日岡の財産となるのだ。
「人と人の結びつきが立場を越えることはよくあるし、結局どんな組織にいようと個人が大事、、、、、だと私は思う。
ところが今は自分の意見や感情を表に出すことや、他者との摩擦を必要以上に怖がる風潮があります。そうかと思うと匿名の書き込みの類は加速する一方です。でも価値観の違い、、は決して間違い、、、ではありません。私はもっと『自分』を率直に表現していいと思うんです」
『仁義〜』に惹かれるのも「個と個が本気でぶつかり、命すらやり取りした熱さ」ゆえだと氏は言い、広島が美しい町に発展するまでの暗部も含めて、小説化する試みがこの三部作なのだ。
「私は震災で両親を亡くしていますが、命の輝きには儚さもまた同居するように、その熱さの裏側には醜悪で、みっともなくて、滑稽ですらあるものもギラギラたぎっていると思う。だから魅力的なんです。もちろん法に触れることは犯罪ですが、これだけは譲れないというモラルや美学は人それぞれ。この縁だけは大切にしたいという個としての思いを誠実に貫いた日岡達にしても、結局は自分が何を恥とし、何を美しいと思うかなのだと思います」
〈仁義と正義〉は一文字違いでそれこそ大違いだが、国光が望んでいた逮捕は、警官と被疑者という立場や善悪すら超えた仁義の逮捕、、、、、だったのだろう。彼らがよく口にする〈外道〉という蔑称にしても相手が極道か堅気かを問わず、互いに信じた相手を信じ抜く個と個の結びつきは誰の目にも美しい。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2018年5.25号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/08/27)

物語のつくりかた 第8回 屋台のバーテンダー 神条昭太郎さん(BAR「TWILLO」代表)
翻訳者は語る 白石 朗さん