ちゃんと「ありがとう」の気持ちを伝えたくなる本
森絵都さん著『みかづき』の生命力は凄まじい。言いにくくなった「ありがとう」を、読後家族に伝えてほしい。
ブックマルシェ津田沼店(千葉) 渡邉森夫さん
本年度本屋大賞第二位の森絵都さん著『みかづき』。昭和三十年代から現在に至るまでの教育業界の物語、というと堅い印象になるが、人間味溢れる家族のお話。時代とともに塾経営のやり方も変化していく。その時その時の考え方、感情をぶつけ合う家族は、知らぬ間に無数の傷ができ、やがて教育という言葉だけが頼りの細い糸のようになってしまう。子供、孫の世代になるにつれその教育への熱は、再び家族の繋がりを強くさせ、より深い愛情へと流れていく。この作品の生命力は凄まじい。家族だから何をやってもよいということはないが、ある程度許し、許される関係性がどの家庭にもあることだろう。言えなくなった、もしくは言いにくくなった『ありがとう』を読後に伝えてほしい。
学生時代にクラスの中でちょっと変わった子がいた、という記憶は概ねどの人にも当てはまることではないだろうか。神田茜さん著『ぼくの守る星』の主人公の翔くんは『ディスレクシア』という、読み書きが難しい障害を持っている。『障害』というとネガティブなイメージが先行するが、本人はとても明るく、親目線の書き方になってしまうようだが、とても良い子。障害という言葉の持つ重さを翔くんの明るさと優しさが温かさに変えてくれる。そして一冊読み終えると翔くんの成長以上に読んでいる自分のこころが成長していることに気付く。自分に厳しい人でも誉めて欲しい時はある。そんな時、自分に『大丈夫だよ』と背中を押してくれる作品だ。そして少しだけ周りを見る目も優しくなれる気がしてくる。
子どもの頃からずっと大切にしているものはありますか? 自分だけにわかる宝物のようなもの。物でなくても場所だったり、行動という人もいるかもしれない。ヒグチユウコさん著『せかいいちのねこ』は男の子に大事にされているねこのぬいぐるみ、ニャンコが主人公のお話。ある日ニャンコは大好きな男の子とずっと一緒にいたいと願い、本物の猫になれるように旅に出る。旅の最後にニャンコは気付く。本物の猫よりもぬいぐるみのねこでいることの方が、ずっと長く大好きな男の子といられることに。子どもだけでなく大人にも読んでほしい作品。私の中でプレゼントしたい本第一位。
語り出したらきっと止まらない、読んでみてほしい本
『最良の嘘の最後のひと言』(河野裕著)のたくさんの嘘とほんの少しの本当。読後の爽快感はたまらない!
紀伊國屋書店広島店(広島) 藤井美樹さん
ウチには84歳くらいになる猫がいる。メスのくせに牙の先が少し欠けた元・野良だ。流石に老いは感じるが会話もする(つもり)し、家族の一員だ。『おやすみ、リリー』(スティーヴン・ローリー著)には作者の実際の愛犬との思い出が詰め込まれている。純粋な瞳のリリーは初対面から主人公、テッドの心を掴み、かけがえのない存在となっていく。テッドが恋人との別れもあり、ぐらぐらの感情に振り回されるが、常にリリーに救われる。が彼女にも老いと病が襲う。そして闘病の末の別れ。打ちひしがれるテッドの心にリリーの声がする。「ひとつきで! じゅうぶん! かなしむのは!」。深い愛情がどっと流れ込んできた。ありがとう、リリー。幸せの時間を。
ぐらぐらするといえば恋愛? 『芦田川』でもとにかくやるせない男女の心が入り乱れる。作者の今井絵美子さんは時代小説でこまやかな心の機微を描いてきた方だが、初の現代小説でもそれは存分に発揮されている。舞台は高度成長期の広島県福山。常に男がいないと生きていけない母を持つ不器用な長女。真面目な夫との念願のマイホームに父親違いの美貌の妹が同居を始めた時から運命の歯車が狂いだす。ただ誰かを好きになっただけなのに、ほんの少しの嘘のせいでどうしようもなく空回りを繰り返すのだ。一人の男を巡っての姉妹の結末に戦慄しない男はいないだろう。姉の決断に共感する女がきっと多いだろうことにも。私だって多分、きっと……。
嘘といえば、「最良の嘘の最後のひと言」(河野裕著)では全員が嘘をついている。騙し騙されの極上のコンゲームミステリー。
「4月1日に年収8千万で超能力者をひとり雇う」。そんなバカみたいな採用試験に挑むのは、7名の訳あり自称超能力者達。のっけから採用通知を持っていたNo.1がビルから転落。居合わせたNo.4と7が奪取して逃走。さあ、おいかけっこの始まりだ。制限時間までに採用通知を手にし、正社員となれるのは誰か。共闘と裏切りの連続。そもそも超能力だって本当なのか。たくさんの嘘とほんの少しの本当。嘘の理由にもさまざまな事情があるらしく……。読み切った後の爽快感はたまらない! それにしても最良の嘘ってなんだろう。やはり「誰にとって」というところが分かれ目か。
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