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北山猛邦 さん『人魚姫 探偵グリムの手稿』『人魚姫』に関しては、老若男女、ミステリを普段読んでいない人でも楽しめるものになったと思います。
北山猛邦さん
「人魚姫」の悲しい恋の物語には、実は後日談があった。人魚が海の泡と消えた2日後に王子が何者かに殺され、消えた人魚姫に容疑がかかったのだ──驚きの設定を用意周到なミステリ作品に仕上げた北山猛邦さんの『人魚姫 探偵グリムの手稿』。19世紀のデンマークを舞台に史実と魔法が入り混じる、ファンタスティックな作品だ。
北山猛邦(きたやま・たけくに)1979年生まれ。2002年、『「クロック城」殺人事件』で第24回メフィスト賞を受賞しデビュー。近作に『猫柳十一弦の失敗 探偵助手五箇条』がある。

「人魚姫」の後日談

「以前から童話の世界と本格ミステリは、親和性が高いと感じていたんです。残酷な描写がさりげなく盛り込まれていたり、テーマも似ているものが多いですし」

 と語る北山猛邦さんは、独特の舞台設定、あっと驚くトリックで読者を魅了してきたミステリ作家だ。最新作『人魚姫 探偵グリムの手稿』はタイトルで「おやっ」と思わせる通り、アンデルセンの童話「人魚姫」がモチーフとなっている。

「最初は同じアンデルセンの『マッチ売りの少女』を、なんとか救われる話にできないかなと思ったんです。そこからいろんな童話をピックアップしていくうちに、『人魚姫』の話がいちばんミステリとして書きやすいなと思って。誰もが知っている話ですが、考えてみたら自分もちゃんと読んだことがなかったかもしれません。今回読んで原作にもいろんな要素が入っていることが分かり、改めてプロットに盛り込んでいきました」

 童話「人魚姫」は、人間の王子に恋をして、魔女の力により人間になった人魚姫の物語だ。その魔法では恋が叶わなければ死んでしまう運命にあったが、王子はほかの女性と結婚してしまう。人魚姫は姉たちに彼を殺して血を浴びれば人魚に戻れると言われたものの、その方法を選ばず、自ら海へ身を投げ泡となって消えていく。本作では、人魚姫が消えたその2日後に王子が何者かに殺され、侍女だった人魚姫に殺人の容疑がかかってしまう。しかし彼女はすでに海の泡となっていたはず。では犯人はいったい誰なのか?

主人公はアンデルセン少年

 舞台はデンマークのオーデンセ、主人公は11歳の少年、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。そう、童話の作者その人である。1816年、父親を亡くしたアンデルセンは風変わりな旅人、画家のルートヴィッヒ・エミール・グリムと知り合う。彼らは海辺に出かけた際、裸で倒れていた少女を助ける。名前はセレナ。人魚の国から来たという彼女が話すところによると、半年前に殺されたデンマークの第二王子、クリスチャンを殺害した犯人として、末の妹が疑われているという。すでに海の泡となっていたのだから不可能なはずだが、殺害に使われたのが、妹が持っていたはずの魔女の肋骨で作った短剣だったというのだ。異様な事態に海の世界でも動揺が広がっており、セレナは真実を知るために自らも魔法の力で人間となってやってきたという。しかも、末の妹が人間になることと引き換えに声を失ったように、セレナも姿を変える際に、とんでもないタイムリミットを魔女から課されている。

 アンデルセンは1805年生まれ、ルートヴィッヒ・グリムは1790年生まれ。デンマークとドイツ、国は違えど同時代に彼らが生きていた事実に改めて気づかされる。

「アンデルセンを主人公にすることは決めていたんです。探偵役をシャーロック・ホームズのような有名どころにしよう思ったんですが、なにしろ時代がまったく違う。それで調べてみたら、同じ童話作家のグリム兄弟がいたんです。実際に童話を書いたのは兄たちで、末っ子のルートヴィッヒは挿絵を描いたりした人物ですが、この末の弟が年齢からしてもちょうどいいかなと思いました」

 アンデルセンを11歳という年齢設定にしたのは、

「少年と人魚姫の少女との出会いが書きたかったんです。11歳だと少し幼いかなと思いましたが、実際にアンデルセンはこの年齢の時に父親を亡くしているんです。彼にとって人生の節目の時でもあったはずなので、あえてこの年にしました」

 というように、実在のアンデルセンのバックグラウンドも考慮されている模様。

助け合う少年と人魚の少女

 人間界のルールをまったく知らないセレナが危なっかしくて、なにかと世話を焼くハンスたち。ところがセレナは面倒を見てくれるものの居丈高なルートヴィッヒに反発し、彼とは別行動で王子殺害事件を調べていこうとする。ハンスは二人の間で板挟み状態になってしまうのだが……。

 単に人間に姿を変えた人魚がいる、という状況の中で謎解きが進んでいくわけではなく、海の国の状況、魔女の魔法も真相解明に絡んでくる。

 また、各章の前に挿入される、魔女を主人公とした一途な恋の物語も実は本編に大きく関わってくる。魔法的な存在と、真相解明においてフェアネスが求められる本格ミステリを融合させる手腕はさすが。

「実は魔女の魔法を制御させなくては、ということに途中で気づいたんです(笑)。人魚を人間に変えられるほどの力が自由に使えるとなると、ミステリとして破綻してしまいますから。ただ、魔法が普通に存在できないというのはミステリの不自由なところでもあるかなとは思います。そもそも人魚が出てくる時点でこの小説はそういう世界だと読者は分かってくれるはず。例えば、人魚がどうやって呼吸をしているのかなどと気にし始めたらキリがないですよね(笑)。最低限の記述は心がけつつ、魔法のある世界の説明や、あるいはデンマークの当時の歴史的背景、どちらも書きすぎないように気をつかいました。虚構と現実が入り混じった、人に説明するのが難しいタイプの構造になっているかもしれません」

 実際に当時は、魔術的なものが信じられた世界から、科学的なものの考え方へと移行していく時期になる。完全に非科学的な存在であるセレナ、柔軟な心を持ったハンス、合理的なものの考え方をするルートヴィッヒと、三者三様の立ち位置も興味深い。

「物語の中でいちばん描きたかったのは、少年と少女の出会いであったり、彼らが近づいたり離れたりしながら成長していく姿ですね」

それぞれのキャラクターイメージ

 では、この二人はどういうキャラクターをイメージしていたのだろう。

「実際のアンデルセンはかなり自己主張が激しい子どもだったようで、自分の書いた詩を熱心に人に聞かせたりしていたようです。しかも、貧しい家庭に生まれながらも読み書きができる聡明さもあった。ただ、お父さんを亡くした11歳の頃は、揺れている時期だったし、内向的になっていたんじゃないかなと思いました。セレナに関しては、『人魚姫』のなかに、4番目の姉は勇気がなくて、海面に出て人間界を見に出かけてよい日でも魚を見ただけで帰ってきた、という描写があったんです。そこからイメージを膨らませていきました。真面目というか、仲間思いで義に厚いところがある。義侠心みたいなものをイメージしていました」

 もちろん、ルートヴィッヒ・グリムも探偵として活躍するわけだが、

「ファンタジーの世界の中でのミステリでは、探偵は異分子になるのかもしれません。いってみれば人魚姫よりもアウトサイダーな存在ですね(笑)。事件の関係者ではなく、あくまでもフレームの外にいる観察者。今回のグリムの役割は、どちらかといえば安楽椅子探偵のような役割だったのかなと思います。実際のルートヴィッヒは真面目だったみたいで、自画像を見る限りは陰気な人に見える(笑)。なので、ここは逆に、思い切り明るくポジティブな人物として書きました」

 ミステリの真相に関わる部分は、いつもとは違ったアプローチで作ったのだそう。

「いつもはトリックを先に作ってから、そこに世界観を肉付けしていきます。でも今回は逆に、先に作った世界観の中にミステリを入れていくという、珍しく逆のパターンの小説になりました。今回はそこまでミステリにしなくてもいいんじゃないかとすら思っていたので、不可能犯罪の要素はある意味サーヴィスで入れたものですね」

 北山さんらしい物理トリックも用意されているが、さらなる真相が明らかになった時には、時代的な背景までが浮かび上がってきて改めて驚かされること間違いない。

「ミステリとして書きたかったのは物理トリックよりもその部分ですね。思わぬ形でいい具合に、アンデルセンと当時のヨーロッパの状況が合致しました」

さまざまな角度からのミステリ的挑戦

 デビュー作『「クロック城」殺人事件』からして、終末の世界を舞台に物理トリックを披露する作品だった北山さん。今回アプローチを変えたということは今後、作品の中での物理トリックの扱いは変わっていく可能性があるということなのだろうか。

「物理トリックはあったほうが面白いし、できるならばやりたいと思っています。物理トリックの最終形といいますか、それで何ができるか、どうやったら物理トリックがもっともよく見えるのか、ということは自分が追求していきたいテーマではあります。でもそれだけではなくて、いろんな形でミステリの面白さを書いていけたらなと思うんです」

 確かに、北山さんのこれまでの作品を見れば、さまざまな挑戦が見えてくる。シリーズとなっているものを挙げてみると、まず、『「クロック城」殺人事件』や『「瑠璃城』」殺人事件』など城を舞台にした初期の作品は、作品同士につながりはないが「城」シリーズと呼ばれているもの。他に『踊るジョーカー』に始まる世界一気弱な名探偵「音野順」のシリーズ、大学の探偵助手が出てくる『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』に始まる「猫柳十一弦」シリーズもあるが、

「『城』シリーズは大がかりなトリックを使っていますよね。特にデビュー作なんかはやんちゃなことをやっている気が(笑)。かなりマニアックなものだといえます。『音野順』シリーズでは事件があって探偵が謎を解く、というオーソドックスなパターンを踏まえつつ、毎回物理トリックを使うようにしています。『猫柳』シリーズは、探偵が事件が起きた後ではなく、起きる前の状況を見たらどうなるか、ということを考えました。名探偵だったら、犯人が用意した物理トリックの仕掛けも、それが稼働する前に見れば何が起きるのか気づくんじゃないかと思って」

 また、今年第2作が出る予定の『少年検閲官』シリーズは、小説を読むことが禁じられた世界を舞台に、あえてミステリ小説によく使われるアイテムや事柄をちりばめた作品。そして今回の作品を一作目とすれば、「童話」シリーズができるのでは……?

「アンデルセンは後年寅さんのように放浪したり、真偽のほどは分かりませんが初恋の人の手紙を生涯大事に持っていたりと、ネタがつきない人なんです。今回と同じ登場人物でなくても、なにかができるかもしれませんね。今後はどうなるか分かりませんが、『人魚姫』に関しては、老若男女、ミステリを普段読んでいない人でも楽しめるものになったと思います。今回書きおえた時、今までの中でいちばん人に薦めやすい小説になったなと自分でも思ったんです。今までは残酷な死体が出てきたり、ミステリのお約束を知っておかないと分かりにくいものが多かった。デビュー作は親に見せづらかったけれど(笑)、これでようやく親や周囲の人に胸を張って見せられる小説が書けたように思いますね」

 今後も自分の枠を広げていきたい、と語る北山さん。6月にはなんと、奇妙な味付けをほどこした恋愛短編集を角川書店から刊行する予定なのだとか。まったくもって隠し玉をいくつ持っているか分からない、頼もしいミステリ作家である。

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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