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佐藤多佳子さん『明るい夜に出かけて』
色々な形で仲良くなり、それがだんだん支えになっていく若者達の姿が書きたかったように思います。
佐藤多佳子さん
 本屋大賞を受賞した『一瞬の風になれ』などの話題作を多数発表してきた佐藤多佳子さんが新作を刊行。長篇小説『明るい夜に出かけて』は、ある出来事を経て心に傷を負った、休学中の大学生の青年を中心にした青春小説。コンビニでのアルバイト、深夜のラジオ番組など、気になるモチーフが使われている。
佐藤多佳子(さとう・たかこ)
1962年、東京生まれ。青山学院大学文学部卒業。89年「サマータイム」で月刊MOE童話大賞受賞。『イグアナくんのおじゃまな毎日』で98年度日本児童文学者協会賞、路傍の石文学賞を受賞。『一瞬の風になれ』で2007年に本屋大賞、吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『しゃべれども しゃべれども』『神様がくれた指』『ハンサム・ガール』『夏から夏へ』など。

最初にあったのはタイトル

 あとがきにも記されているが、まだ作家デビューする前から、佐藤多佳子さんの頭の中には「明るい夜に出かけて」というタイトルがあったという。

「その時は十代の男の子二人と女の子一人が都会の夜の街をうろうろしているようなイメージでした。これまでにも書いてきましたが、日常ではなかなか知り合わないような人たちが出会い、親しくなるにつれて、ものの見方が変わって人生が少しずつ動く、という話にするつもりだったのですが、全然進まず、結局小説にはしなかったんです。でもタイトルは気に入っていて、ずっと憶えていたんです」

 時を経て、再びこのタイトルの小説を書こうとしたものの、二転三転したという。 「若い子たちがラジオ番組をきっかけに知り合う話を考えたんですが、だんだんラジオがメインのモチーフになってきたんですよね」

 佐藤さん自身、以前からラジオは好きでよく聴いているそうで、本作には実在したラジオ番組が登場する。「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」。佐藤さんが好きだった番組だ。

「架空のラジオ番組にしようかと思いましたが、でもやはり、実際のものを出したほうが面白いだろうと思いました」

「オールナイトニッポン」は二十五時からの第一部と二十七時からの第二部がある。本作はアルコ&ピースが第二部から第一部へと“昇格”した時代の話だ。番組のはじめに架空の設定を提示し、聴取者がその設定にのっとった投稿をしてさらに世界観を強固なものにしていくなど、独特な面白さがあったという。

「アルコ&ピースさんのことは、この番組を聴いたことがきっかけで好きになりました。かなり独特な番組なので、それに合わせて登場人物たちの性格などももう一度考え直すことにしたんです。自分としては珍しいパターンですね」

 本作の主人公は富山一志、二十歳。実家も通っていた大学も都内にあるが今はとある出来事で精神的にダメージを受けて休学中、横浜の金沢八景近辺で一人暮らしをはじめ、深夜のコンビニでアルバイトをしている。

 実は富山は、他人に触れることに抵抗がある。いわゆる接触恐怖症の傾向があり、そのため大学の人間関係がこじれ、それがネットで拡散されてしまったことが休学の理由。今は週一回のアルコ&ピースの番組を心待ちにし、深夜のコンビニでアルバイトする毎日。十代の頃はラジオ番組にネタが多数採用されて名の知れた“職人”だったが、今は投稿をかなり自粛している。

「以前考えていたよりも年齢を少し上の二十歳にしたのは、実際の番組の職人のイメージからして十代ではないなと思ったので。コンビニのバイトは、ある程度マニュアルを把握してこなせば、濃密な人間関係を築かなくてもやっていけそうな気がしたからです。でもバイト経験者に取材したら、深夜のバイトだと案外スタッフがいつも同じなので仲良くなる場合もあるのだとか。それで、富山にここで新たな人間関係ができることにしました」

 三歳年上のバイト仲間、鹿沢大介はネット動画に自分の演奏をアップして人気を得ている“歌い手”でもある。彼が“歌い手”であることは、物語の展開にも大いに影響してくる。そもそもは、

「私の娘が歌い手さんの歌をよく聴いていたんです。やはり最初は“歌い手さんって何?”という質問から入りました。プロ以上に人気があって生計が成り立っている人もいれば、単なる趣味としてやっている人もいてさまざまなんだそうです。最近はいろんなジャンルで、プロとアマの垣根がなくなってきていますね」

 また、富山が現在住んでいるアパートは、同級生だった永川正光に紹介してもらった、彼の叔父の所有物件だ。そのため永川自身も時折富山に会いにやってくる。二人は特別な親友というわけではないが、ラジオという共通の趣味がある。この永川は、さえなくてウザいけど憎めないという、身近にいそうな人物造形にして、個性的な他の三人とバランスをとった。

「永川は大親友というわけではないですが、富山にとっては自分が切り捨ててしまった実人生において、切れずにいた人間の一人なんですよね。色々な成り行きで仲良くなって、それがだんだん支えになっていく。そういう姿が書きたかったように思います」

 また、コンビニでのバイト中に客としてやってくるのが、女子高生の佐古田愛。実は彼女もアルコ&ピースの番組に投稿している職人。ちょっと風変わりな女の子だが、

「女性が苦手な富山が、コミュニケーションできる相手として、ついつい巻き込まれてしまう変なパワーのある女の子にしたかった。番組のカラーが出ている人でもあるんです」

 つまり本書の主な人間関係は、昔からの知人=永川、ラジオを介して新たに知り合った相手=佐古田、コンビニで出会った新たな仲間=鹿沢という、富山にとってまったく異なる関わり合い方をする人間たちである。彼らが集まり、交流を深め、互いに少しずつ心を響き合わせていく話なのだ。

「いろんな形のつきあいを書いてみたかったのかなと思います。富山はそれによって人との距離感を肯定的に体感できるようになる」

 実生活とは異なる職人という一面を持つ富山や永川、佐古田、ネットでは人気の歌い手の鹿沢。LINE、ニコニコ動画、アメーバピグなどネットのコミュニケーションツールも多数登場し、今の時代の若者がさまざまな顔を持って生きていることがうかがえる。

「私自身はメールなどの通信手段を使うくらいなので、SNSのことはほとんど娘を介して知ったものです。今の十代、二十代の人たちはSNSのコミュニケーションとリアルなコミュニケーションをうまく重ね合わせて、とても上手に使っているように見えます。深夜ラジオのリスナーも、私の世代は自分の部屋で一人勉強しながら聴くだけだったという印象ですが、最近はリスナー同士がオフ会をやったり、一緒に番組イベントに行ったりと、交流を持っているようですね。でもSNSでもトラブルは起きます。富山もネットがらみのトラブルで傷ついてしまう。そういうことも今はとても多くて、本人にとっては深刻なことじゃないでしょうか。実生活がネットに反映され、そこで起きたことがまた実人生に反映されていく。それはどの人にもありうること。便利さと怖さが同居しているんですよね。そうした問題も落ち着いてほしいと思いますが、今はまだ過渡期なんでしょうね」

自分に自信を持つためには

 富山もいつまでもモラトリアムな生活を送ってはいられない。では、著者として、彼が再び前を向くために何が必要だと考えたのだろうか。

「やはり彼に関しては、自分自身の問題だと思うんですよね。ブラック企業で働いているとか、周囲にものすごく困った人がいるといった外的な問題ではないと思う。確かにアンラッキーなことがあって傷ついたわけですが、それを消化できず傷として持ち続けているのは彼自身。それをどう癒して自分と向き合っていくかが大切で、富山自身もある程度それは分かっているんです。自分にとって何が問題で何ができて何ができないか、何がしたくて何が駄目なのか分かっている。でも、一度そういうふうにメンタルが傷ついてしまうと、そんなに簡単には元には戻れない。戻るには、自分を信じていくということをしなければならない。でもそんな簡単に自分を信じられたら、誰も苦労はしないですよね」

 その時によすがとなるのは、

「好きなものがあるということ。好きなものがあれば、人生は決して真っ暗にはならない。そして、富山は好きなものを追って人とコミュニケートすることで佐古田に出会えたし、外に出て働こうとしたから鹿沢に出会えた。信頼できて、自分をぶつけられる相手にポツン、ポツンと出会えたんです。そこでコミュニケーションが生まれることで、彼が自分を肯定できるようになってくれたらいいなと願いながら書き進めていきました」

 タイトルにちなんだ印象的な場面も描かれる。主人公たちの置かれた状況や思いが、うまく融合した形だ。しかしそれをあざとくクライマックスととらえていたわけではなく、

「私の書くものは大きなストーリーがないことが多いです。それよりも、ショートエピソードを積み重ねていった先に、全体として大きなうねりができてくれればいいなと思っています。今回の作品は特にその傾向が強いと思います。主人公と一緒に日常的なシーンを読んで、一緒に時間を過ごしてもらうことで、読んでくださった方々のなかに気持ちが動いてくるものがあるといいなと思いますね」

 確かに、大きなイベントがあってすべてが一新するという展開ではなく、ささやかなエピソードが積み重なるからこそ、彼ら一人一人の心の変化が、より確かで、今後も続いていくものだと感じさせてくれる。

 さらにそれだけではなく、件の「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」の存続に関するエピソードもたっぷりと盛り込まれ、読ませる。

「この小説は二〇一四年が舞台なんですが、構想中に、番組が終わる・終わらないという話が出てきて。パーソナリティもスタッフも自分たちの死活問題というのを番組のメインモチーフにしてみんなを巻き込んで笑わせていったんです。どこにオチがあるか分からなくて、結果にはリスナーもびっくりしました。こういう姿勢はすごいですし、そのままひとつのドラマになるだろうと感じさせられました」

 富山たちの変化と、そしてこの番組の顛末を知ると、変わらないものはないし終わらないものはない、でも現実は続いていくんだ、と実感するはずだ。

「富山たちのことと番組のことのバランスをとるのが難しかったですね。現実が圧倒的に力を持っているので、フィクションが弱いと負けますから。相当難しかったです」

 苦心したというだけに、読み手の心をゆさぶるエンディングになっている。

無理に頑張らなくてもいい

 これまでも、ままならない思いを抱いている少年少女が登場する作品を多く書いてきた佐藤さん。ただ、

「『一瞬の風になれ』の時にいろんな若い人と会う機会があったんですけれど、みなさん模範解答のように“自分も頑張ろうと思った”と言うんです。私も頑張る人が好きですし、あの話を読んでそう思ってくれるのは嬉しいことです。でも、あまりにも言われすぎてしまって、ふと“頑張らなくてもいいんだよ”と思ってしまって。スポーツにしても、やりたくても適性がない人だっているのに、何がなんでも頑張らなくてもいいんじゃないかな、って。それで、いつか頑張らない人の話を書いてみたいと思ったことがあったんです。今回の話が頑張らない人の話だというわけではありませんが、アウトドアではない、インドアの人の話になったのは、その時の気持ちがあったからかもしれません」

 ところで気になるのは、アルコ&ピースのご本人たちや番組スタッフがこの小説の存在を知っているのかということ。

「書く前に許諾をとろうかとも思ったのですが、どんな話になるか分からないし、書き上げる自信もなかったんです。それで、まずは書いてみて、書き上げてから番組とご本人たちにご連絡しました」

 もちろん快諾だったという。

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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