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朝倉かすみさん『植物たち』
ちょっと世話をさぼっても、なんとか生きようとする。植物って偉いなと思ったんですよね。
朝倉かすみさん『植物たち』
 植物と人間はどこか似ている──。朝倉かすみさんの最新作『植物たち』は、植物の特徴や生態を人間に投影して描いた作品集。コウモリラン、ホテイアオイ、シッポゴケ、コスモスやひまわり。さまざまな花と緑から立ち上ってくるのは、朝倉さんならではの世界。しかも、温かい話から不気味な物語まで、豊かな読み心地が味わえる一冊となっている。
朝倉かすみ(あさくら・かすみ)
1960年北海道生まれ。「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞、「肝、焼ける」で小説現代新人賞、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞。その他に、『てらさふ』『わたしたちはその赤ん坊を応援することにした』『乙女の家』など著書多数。

植物の生態を人間に投影

 植物の生態を人間になぞらえた朝倉かすみ版・植物誌の『植物たち』。自らも園芸を楽しむ著者の植物への愛着と豊饒なイマジネーションが結実した作品集だ。

「寝る前に、よく植物のカタログを読むんです。こういう植物があって、こういう特徴があって、値段はいくらで、という内容のものです。そうすると、これはお話になるな、と思うものがいくつもあるんです」

 といっても本書は、植物が直接登場するような作品が並んでいるわけではない。どれも植物の生態を、人間に投影して描かれている。各章の冒頭には必ず植物名と、リーフレットや図鑑からの説明書きの引用が添えられており、どんな植物からどのような小説が誕生したかが分かるようになっている。

「説明書きを読んでいると、植物も人間も変わらないんだなと思ってきて。執筆者たちが、植物も人間も変わらないものとして書いているようなところがあったので、自然とこうした作りになりました。書いている人によって着目しているところや表現が全然違って、それも面白かったですね。特に子供用に書かれた説明を読んだ時は、これはいけるな、と思いました」

 たとえば「どうしたの?」という短篇でモチーフとなっているホテイアオイの説明書きには、『異常にふえるホテイアオイのなぞ』(長谷寛・著)からの引用で〈たしかにわたしたちは、夏から秋にかけて生育条件にめぐまれると、子株をつくり大繁殖をすることがあります。また、水がすこしばかりよごれていてもへいきです〉となる。

「“たしかにわたしたちは”というところが面白いですよね。この著者の方はホテイアオイが大好きなんです、きっと(笑)」

 この話は、小さな一軒家に移り住んだ男性が、家出少女の面倒を見たところ、彼女が次々と他の家出少女たちを連れてきて……という内容。

「おじさんが女の子をたくさん住まわせる、というような事件って定期的にありますよね。そのことが頭にあって、説明書きの“大繁殖”という言葉とつながっていったんだと思います。ただ、ホテイアオイは湖一面を覆うくらい大繁殖するけれど、寒さに弱いし、環境が悪くなるとひゅーっと小さくなってじっとしているんです」

 この「どうしたの?」は男性側の視点で書かれているが、次の「どうもしない」は少女の視点でリトルサムライをモチーフにしつつ、後日譚が語られる。

「連作集を書こうと思って植物の候補をいくつか挙げてみた時、この二つは対にして書けるなと思ったんです。今回は1回50枚の連載だったんですけれど、毎回毎回50枚の短篇を書くのではなく、長いものがあったり短いものがあったり、対になったものがあったりと、いろんな見せ方をしてみたかったんです。自由度が高いといいなと思っていました。そういう本をうっとりと想像しながら書きました(笑)」 

 単に植物をモチーフにするというコンセプトだけではなく、毎回アプローチ方法を変えているところも、本作の大きな魅力である。

温かい話から不気味な物語まで

 巻頭の「にくらしいったらありゃしない」はコウモリランの話。フェリシモのリーフレットによると、これは他の植物にくっついて生きるのだけれども、寄生ではなく着生タイプで〈ただその樹に「くっついている」という感じ〉なのだそうだ。ここに登場するのはさち子という女性。読み進めていくと、彼女が年配で、山本くんという若い男性を居候させていることが分かってくる。

「年老いたおばあさんと若い子、というイメージがあったんですよね。おばあさんが自宅のトイレに閉じ込められて、窓から助けを呼ぶという部分は、知り合いの人の実体験です(笑)」

 ひなげしをモチーフにしているのは「いろんなわたし」。事故で昏睡状態に陥ったひなげしという名前の女の子を、母親が看病する話だ。この話はひなげしの別名の多さからインスパイアされた模様。虞美人草、コクリコ、ポピー、ウニッコなど、確かに多い。

「どれだけ世界中で愛されているんだろうと思って。それで、愛されている女の子の話になったのかもしれないですね。私も子供の頃、世界中にかすみという子がいるって思っていたんです。私が悲しい時は、アメリカのかすみも悲しいんだと思っていました。私がかすみの日本代表だという気分でしたね(笑)」

 これはじんわりと心が温かくなる内容。かと思えば、本書のなかで一番長い作品「村娘をひとり」は、ぎょっとする内容だ。テラリウムをモチーフにして、理想の少女を奪い去って結婚し、ふたりだけの世界を築きたいと願う太一郎と、ヴァギナ・デンタータ(歯のはえた膣)をモチーフに創作を続け、少女の局部を縫合することを夢見る菊乃が、実際に少女誘拐を企てるのだ。

「テラリウムを作りたくて関連書籍を読んでいて、これは絶対に小説にしたら面白い、と思って。計画を実行するためには同好の士が必要だなと思って、二人組にしました」

奇妙な二人組の不気味な計画

 彼らの愛読書として『キルギスの誘拐結婚』や『ある奴隷少女に起こった出来事』などの書名が出てくるが、

「自分も実際に読んであんまりなことだなと思っていたので、それがこの話に繋がったんでしょうね。ただ、書いている時はこの二人に同情的だったんです。二人とも自分勝手な理屈を持っていて、お互いとそれを話しているぶんには楽しいし誰にも迷惑をかけていない。けれど、実現しようとしたことから二人の仲がおかしなことになっていくなんて、可哀相だなと思って。でも、本になって読み返してみたら、なんだかこの二人、感じ悪いわと思いました(笑)」

 ちなみに、著者自身、テラリウムにも挑戦してみたのだそう。

「難しかったですね。ピンセットで植えるという細かい作業も大変ですし、つい気になって霧吹きで水をやりすぎてしまって。植物をこんなふうに閉じ込めてしまっていていいのだろうか、という気分になってしまうんですよね」

 おそらく、そんな感情も、作品に反映されたのだろう。

「乙女の花束」は掌篇の集まりでできている。これは花言葉からイメージしたものを小説化。たとえばコスモスの花言葉「乙女の心」からは人を魅了してやまない14歳の少女が、決して浮つくことなく堅実に生きていこうとする様子を描いた作品が誕生。ひまわりの花言葉「私はあなただけを見つめる」から生まれたのはバンギャルの話だ。

「これは花言葉の本を読みながら、書きました。ひまわりの説明に“いつも太陽に向かうとはかぎりません”などと書かれてあって、あまりに面白くて読み込んでしまいました」

最終話は自伝的な内容

 最後の「趣味は園芸」は、朝倉さんの経歴を知っている読者はすぐに、これは私小説なのでは、と思うだろう。

 就職活動で面接までこぎつけたものの辞退し、短大を卒業後は自宅にこもり、短期のアルバイトで商店街のガラポン係をつとめ、安芸の宮島を旅し、旅心がわいたために再びアルバイトをはじめ、昼休みの手持ち無沙汰感を解消するために古本でいわゆる名作の文庫を購入して読むようになり……。主人公はやがて、母親とともに植物を育て始める。

「この短篇集の並びなら、私小説を入れてもいいんじゃないかと思いました。これは、びっくりするくらい事実を書きました。違うところがほとんどないですね。書かなかったエピソードといえば、風水で西側に黄色いものを飾るといいと言われて、菊が黄色いからいいやと思って仏様用の花を飾っていたら、親に“それは違う”って言われたことくらい(笑)。実際にこの時から植物を育てるようになったのも本当です。なので、この本を母に送ったら“懐かしいね”と言っていました」

 園芸を始めることによって、社会に関わることから尻込みしていた主人公の心の持ちようも少しずつ変わっていく。

「“植物を育てている私”に酔うのとはまったく違う充足感がありますよね(笑)。私は園芸をやってみて、植物って偉いなと思ったんですよね。私にもてはやされてきゅーっと伸びたり、植え替えする時に掘り出してみたら根がびっしりあったり、ちょっと世話をさぼったら、それでもなんとか生きようとしていたり。見習うものがあるなと感じました。それに、朝、水をやるのって楽しいんです。水族館で魚に餌をやるのが楽しいのと同じですよね(笑)。成長するし、じっとそこにいるし、少しさぼっても許してくれるし。土を触るのも楽しいです。開墾してふかふかの土にしたら、小さな虫がたくさん出てきて、それを食べに雀がやってきて、それがすごく可愛いんです」

 考えてみたら、ご自身の名前は“かすみ草”をイメージさせるわけだが、

「親はまったくかすみ草を知らないで名前をつけたんです。というのも、小さい頃、親とお花屋さんに行った時に小さな白い花があって、お店の人に“これはかすみ草っていうんです”と言われて、親もびっくりしていましたから(笑)」

植物はえらいと思った

 本作に登場する植物は、実際に育ててみたものがほとんどだという。今も、ベランダガーデニングを楽しんでいる。

「どんどん大きくなるものがある一方で、枯れたものがあると買い足していくので、すっかり増えてしまって。それに冬は寒さに弱いものをベランダから室内にうつすので、この時期は部屋のなかも植物でいっぱいになってしまっていて。今はなるべく、これ以上増やさないようにしています」

 実際に育ててみて気に入ったものを訊いてみると、

「私の心の1位はジャイアントデルフィニウムですね。開墾したところですごく大きく育って、夢の中に迷い込んだような紫色の花を咲かせたんです。あれは息をのみました。真っ赤なアネモネもすごくきれいだったので、2位かな。3位は月下美人。あ、でもマツリカの花の白さったらなかったですね。びっくりしました。あの白さは小説に書く自信はないですね。香りもなんとも上品なんです」

 と、次々と草花の名前が。これはもしかして、『植物たち』第2弾もできるのでは?

「自分でもだんだん、当たりをつけるのがうまくなっていったんですよ。この書籍のこの植物についての説明書きを読めば小説のイメージが膨らむぞ、というのが分かるようになってきたんです(笑)」

 というから、ぜひ期待したい。その前に今年最初の刊行物としては、

「『たそがれどきに見つけたもの』という、50代の主人公がほとんど、という短篇集を出します。陸奥A子さんの漫画『たそがれ時に見つけたの』という10代の女の子の話の漫画があるんですが、表題作はそれを下敷きにしてあるんです」

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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