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薬丸岳さん『友罪』小説を書く時は、普段の自分の固定観念や倫理観を持ちながらも、違うものの見方を吸収しています。
薬丸岳さん
2005年に少年法の問題に斬り込んだ『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞してデビュー、以来難しい題材に取り組んだ作品を発表してきた薬丸岳さん。最近はエンタメ色の強いミステリも上梓していたが、新作『友罪』は少年犯罪のその後を描いたノン・ミステリ。読む人の心を揺さぶる人間ドラマが広がる。
薬丸岳(やくまる・がく)1969年兵庫県生まれ。2005年に少年法をテーマにした、『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。著書に『闇の底』『虚夢』『刑事のまなざし』『ハードラック』『逃走』などがある。

もし同僚が凶悪事件の少年犯だったら

 読み進めながら、そして読み終えた後も誰もが「自分だったらどうするか」と考えるに違いない。もしも親しくなった同僚が、かつて起きた凶悪な犯罪の少年犯だったとしたら?──薬丸さんが新刊『友罪』で真正面から取り組んだテーマだ。デビュー作の『天使のナイフ』では少年法、第二作の『闇の底』では性犯罪を、第三作の『虚夢』では刑法第39条の問題を扱うなど、デビュー当初から加害者、被害者の問題を扱ってきた薬丸さん。

「作家になる前から少年犯罪には関心がありました。酒鬼薔薇事件が起きた時にも、もしも自分が将来犯人と出会ったらどうするだろうと漠然と考えていました。デビューしてから数作は犯罪の周辺で理不尽に思うことを書きましたが、やっぱりそれはキツかった。それで最近は謎解きやどんでん返しのあるエンタメ性の強いものも書いていました。でも、『小説すばる』で連載をすることになり、もう一度テーマ性の強い小説を書きたいなと考えた時、そういえば昔こういうことを考えていたな、と思い出したんです」

 主人公はジャーナリストを目指していた益田純一、27歳。挫折を経験し、再起の機会をうかがいながら寮のある町工場での職を得たばかりだ。同日に入社した同い年の鈴木秀人は無口でつきあいが悪いが、益田とは次第に打ち解けあっていく。しかしある日、益田は14年前に故郷で起きた「黒蛇神事件」の犯人が鈴木なのではないかと疑念を抱きはじめる。それは日本中を震え上がらせた連続児童殺傷事件で、犯人は益田と同じ中学2年生だった。6年前に少年院を仮退院した元少年の行方は、マスコミも把握していないという……。

14歳による連続児童殺傷事件

 この題材を小説にする時、難しいのは犯人が過去にどういう事件を起こしたかという設定だろう。黒蛇神事件は酒鬼薔薇事件を彷彿させるが、

「あの事件とはまったく違う、ということは強調しておきたいですね。もともと14歳が起こした事件を考えたわけではなかったんです。僕にとっては酒鬼薔薇事件よりも綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件や光市の母子殺害事件のほうが衝撃が大きかったですし。でもやはり、17、18歳が起こした性犯罪がらみの事件をこのテーマで扱うのはハードルが高すぎました。もちろん14歳だからといって許されるわけではないし、共感を得られるとは思っていませんでしたが」

 すっかり鈴木と打ち解けていた益田は、彼が黒蛇神事件の犯人とは信じられず、独自に調べを進める。一方鈴木は会社の事務職の女性、美代子とも距離を縮めていく。また、鈴木には一人だけ連絡を取り合っている人物がいた。医療少年院にいた頃からのサポートチームの一員で、母親代わりとなって接してきた白石弥生だ。保護観察期間を過ぎた今も、親身になってくれる存在である。

 難しかったのは鈴木の周囲にいる人々の人物造形だったという。

「普通であれば、同僚であっても過去を知った時点で気持ちが引くと思います。それでも相手を突き放しきれないのはどういう人たちなんだろうとずいぶん考えました。益田も、ジャーナリストを志しているけれどうまくいかない青年という設定だけでは鈴木を受け止めきれないだろうと思いました。それで、彼にも過去から逃げている部分があることにしました」

 中学生の頃、自分しか友達がいなかった同級生に対するいじめを見て見ぬふりをしていたところ、その子が自殺してしまったことを悔やんでいる益田。また、美代子はかつてAV女優をしており、そのことをネタにして元恋人から執拗に追い回され脅迫を受けている。その男・達也がまたえげつない男である。

「達也は鈴木と対比させることを考えていました。虫唾が走るような嫌な男ですが、それでも達也の行動とは釣り合いがとれないくらい鈴木が犯した罪のほうが重いんです」

描きたかったのは周囲の人々

 現在の鈴木は真面目で大人しい青年に見える。それだけなら、この小説のなかでは、もう許してもよいのではないかという気持ちが湧くだろう。しかし鈴木にはどこか幼いところがあり、それが危うく見える。益田が機械で指を切断した際も、鈴木が即座に処置をしたため縫合手術もうまくいくが、後に鈴木が切断された指を無邪気に携帯カメラで撮影していたことが分かる。

「鈴木に関してはあからさまに不気味さを出したくない、というのはありました。それに、内面があまり見えないようにしたかった。何を思っているのか、どう考えているのか分からない人間として書きたかったんです。だから益田といる時、弥生と接している時、美代子といる時ではそれぞれ鈴木の見え方が違うように書きました」

 絶妙なのはこの点。もしも鈴木という人物の内面を具体的に掘り下げて描いていたら、この小説はあくまでも鈴木という犯罪者のケースに限定された話になっていただろう。鈴木を漠然とした存在にしたからこそ、読み手は“もし罪を犯した人間が自分の傍にいたら”と、自分の立場に置き換えて考えさせられる。

「鈴木の償いが描かれていないという意見もありました。僕も連載時は、鈴木がなんらかの贖罪をしてそれを益田が知るという展開も考えました。でもそうはしたくないと思ったんです。なによりもこの小説で書きたかったのは鈴木ではなくて、やはりその周りにいる人たちだったんです。こういう存在の人間がいたら人はどうするか、その部分がいちばん描きたかった」

探し続けた物語の着地点

 鈴木の正体に気づいた後も、益田はそのことを鈴木に告げず、一人葛藤する。やがて益田にジャーナリストとして復帰するチャンスが巡ってくる。それは、黒蛇神事件の犯人の現在についてのルポルタージュを書く、というもの。つまり彼は、友人を売ることを求められるのだ。スクープを狙うマスコミ、鈴木の正体を知ると態度を豹変させる人々。また、過去の事件についてネットにさまざまな書き込みをする人たちもいる。

「物語的に読んでいると、彼らのことは悪い人間のように見えると思います。でも現実の社会で考えてみると、彼らが言っていることは、自分もそう思うかもしれないことなんです。鈴木の記事を載せようとする週刊誌の編集者やネットに書き込みをする人にも違和感をおぼえますが、でも現実にはそうした週刊誌やネットを見ている自分もいる。自戒もこめながら書いていました」

 確かに読んでいると鈴木に同情する気持ちも湧くが、かといってその先彼が幸福な人生を手に入れることを心から望むかというと、そこでためらいは生じる。益田も鈴木の罪を許せない。しかしだからといって、彼をつるしあげる気持ちにはなれないようだ。

「益田は決して強い人間ではない。ただ、まっとうな人間ではある。そこが救いかなと思います。彼は過去の同級生の自殺を自分の罪のように感じていますが、それを罪だと思わない人だっていますから。益田のような人間だからこそ、最終的にああいう気持ちになれたんだと思います」

 物語の最後には益田の手紙が載っている。

「最終的にそれぞれの人間がどう行動するかはギリギリまで決めていなかったんですが、益田の手紙を載せることは漠然と考えていました。完全に未来のない終わり方にはしたくなかった。ただ、そこに至るまでの必死さ、勇気、説得力というものをどうしたら出せるのか、どういうことを感じたら益田の気持ちが変化するのか、そのポイントをずっと探っていました。“死なせたくない”という気持ちが見えてきた時にはじめて、益田が手紙を出すことの意味が見えてきました。これは彼が勇気を持って、一歩踏み出すまでの物語でもあるんです」

 犯罪者とどう接するべきか、すべてのケースに当てはまる具体的な結論はないだろう。しかし本書のなかで益田という人物が最後に吐露するような境地に至ったことは、きっと読み手はみな納得するはずだ。複雑な心境の変化の過程を、それほどまでに、実に丁寧に描ききっているのだから。

加害者に対する怒りを抱きながら

 そもそも薬丸さんはなぜ、作家になる以前から少年法に関心があったのか。

「きっかけは1988年から89年に起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件です。加害者も被害者も僕よりひとつかふたつほど年下で、年齢が近かったのでものすごく衝撃を受けたんです。被害者の女性の方とご家族の方に感情移入しましたね。少年法というものの理不尽さを感じて、そこからノンフィクションや裁判の記録などを読むようになりました。当時はシナリオの勉強をしていたんですが、題材にしようという気持ちはなくて、あくまでも個人的な興味でした」

 そこにあったのは怒りの感情。

「加害者に対する興味はまったくなかった。それより理不尽さに対する怒りが強かった。酒鬼薔薇事件の時は、あまりにも犯人と自分の年齢が違っていたので感じ方は少し違ったかもしれませんが、少なくとも女子高生コンクリート詰め殺人事件の時と光市の母子殺害事件は、自分の身に置き換えて考えて、いろいろ思うことがありました」

 そんな薬丸さんが、今回のような犯罪者に友情を感じて葛藤するという主人公を書いたのは意外といえば意外だ。

「正直なところジレンマはありました。本名の薬丸岳(たけし)としての考え方は作家の薬丸岳(がく)とはまた違う。実際の自分は犯罪者に対しては厳罰派でもあります。でも作家として書く時は、普段の自分の固定観念や倫理観を持ちながらも、違うものの見方や考え方を吸収していこうとしているんです。それで、あくまでもこの物語のなかの益田のような存在だったら、こういう気持ちになるかもしれない、と思ったんです。こんな曖昧な言い方になってしまうのは、実際の凶悪犯がその後どう生きているか分からないから。そこは個々のケースを見ないと、なんとも言えませんよね」

 厳罰派である薬丸さんが真剣に着地点を探ったからこそ、説得力をもってそこに辿りついたともいえそうだ。

「自分なりの答えを探しながら、それでも明確な答えは出せないのではないかと思っていました。でも物語を閉じた時に思ったのは、たとえ答えが出ないとしても、真剣に考える過程が大事なんじゃないかということでした」

 本作を書き上げた時、他の作品に比べて達成感や充実感は得られなかったという。

「ひるむ気持ちのほうが強かったですね。気になったのは現実の事件の被害者のご家族の心情です。この作品に限らず『天使のナイフ』や『虚夢』を書いた時も、加害者を更生させる仕事についているわけではない自分がこうした話を書いていいのだろうかと思いました。でもそういう立場にあったら、これらの小説は書けなかったとも思う。だからこそ、自分なりの真摯さを持とうという気持ちです。今のところヘンな読まれ方はしていないようなのでほっとしています。なにより発売前にゲラで読んでくださった書店員さんが、いろんな感想を寄せてくださった。それがすごく嬉しかったし、自信になりました」

 毎回そこまでジレンマを抱きながら、なぜこうしたテーマを選ぶのかと訊くと「そうですよね、なんで書いちゃうんでしょうね」と苦笑いした薬丸さん。今後の予定については、

「夏に『刑事のまなざし』の刑事、夏目が出てくる長編を講談社から書き下ろしで刊行する予定です。『小説宝石』でずっと連載している『神の子』は来年になりそうですね。今のところ僕の本ではこの『友罪』がいちばん長いんですけれど、『神の子』は上下巻になりそうです」

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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