ふたつの賞を獲得してデビュー
今年、『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞を受賞し、また『屋上のウインドノーツ』(『ウインドノーツ』を改題)で松本清張賞を受賞。両作品が6月下旬に同時発売されることとなり、話題を呼んでいる額賀澪さん。1990年生まれの24歳だ。
読書が好きになったのは小学校3年生の頃、創作に興味を持ったのは4年生の頃。
「活字の本であれば親も祖父母も買ってくれて。講談社の青い鳥文庫が大好きでした。小学校4年生の時にテレビでスタジオジブリの『耳をすませば』が放送されているのを見たら、主人公が小説を書くシーンがあって。それまで小説というのは本屋さんに並んでいるものだという印象でしたが、自分で書くことも手段としてアリなんだと気づきました。それで好きな小説を真似して短いものを書きはじめたら、ものすごく楽しくて。友達に読んでもらうと感想をくれるので、それも面白かったです」
高校生の頃から本腰を入れて小説を書きはじめ、大学は小説執筆のために日本大学芸術学部に進学。学生時代に新人賞の応募を始めた。
「8月はこの賞に応募して、9月はこの賞に応募して……という感じでやってきました。卒業後も、会社に勤めながら週末に小説を書いてきたんです」
受賞作2作品はどちらも地方都市を舞台にした、中高生が主人公となる話だ。
「小さい頃から青春小説が好きで、読むことでも書くことでも影響されてきました。特に好きなのは重松清さんが書く中高生の話。いちばん好きなのは高校生の時に読んだ『きみの友だち』です」
受賞した2作は、ほぼ同時進行で書いてきたものだという。
「『屋上のウインドノーツ』は大学の卒業制作にするつもりだったんです。でもゼミの先生にプロットを見せたら“これは400枚はいくだろう”と言われて。ゼミ生全員が作品を提出してくるなかに400枚以上のものがあるのは大変だろうと、私も先生の身体をいたわることにしました(笑)。『屋上のウインドノーツ』は書いたら新人賞に応募することにして、もっと短いものを、と考えたのが『ヒトリコ』でした」
逃げないことの強さを描く
舞台が地方都市、主人公の女の子の親はシングルマザー、女友達との関係の問題、心を通わせる男の子の登場、そしてどちらも音楽が関係する……などと共通点は多いが、2作品のテイストはかなり異なる。
「構成も違うんですよね。交互に書いていたのがよかったのかもしれません。似た内容だと飽きてしまうので、自然と違ったものになっていったように思います」
小学館文庫小説賞を受賞した『ヒトリコ』は、日都子という少女が主人公。小学校5年生の時に金魚を死なせたという濡れ衣を着せられ、女性教師から激しくせめられるが、教室内の誰も助けてくれなかったことから、彼女は自分を「ヒトリコ」と呼び一人で行動することを選ぶ。中学校では合唱コンクールに向けての練習がさかんで、音楽の得意な子とそうでない子の間に激しい軋轢が……。
「合唱曲の『怪獣のバラード』を大きなモチーフとして使いたかったんです。私が通っていた中学校も合唱に力を入れている学校で、3年間ひたすら歌わされました」
日都子の金魚事件のきっかけとなった元クラスメイト、冬希も主要人物だ。小学校の頃に転校するが、高校進学と同時に町に戻ってきた彼は彼で、モンスターペアレントの母親に悩まされてきた。
「日都子も冬希も小学生の頃から問題を抱えている。小学生の頃って学校と家がすべてですよね。私も田舎の小学校で6年間クラスも同じメンバーで、教室だけが替わっていく状態でした。中学校も同じような小学校から生徒が集まっているので2クラスしかなかった。そうなると、誰かを嫌いになったり誰かから嫌われたりすると、逃げ場がないんです。そういうなかで日都子は逃げられないところに無理矢理落とされたんです。弾かれてしまった人が、それでも生きていこうとする姿を日都子を通して描けたらいいなと思っていました」
その結果、彼女は好意的に近寄ってくる人までも拒絶するようになってしまう。一方の冬希はというと、
「家で逃げられない状態になってしまって、日都子のように周囲をシャットアウトする力を持てなかった。この2人のことは、逃げる力を持てた子と持てなかった子という、対照的な存在として考えていました。そんな2人が再び出会って互いの問題を解決していく話にしたかったんです。ただ、最初は解決しあって仲良く生きていく話にするつもりでしたが、次第にそれは違うような気がして。お互いに支え合うというよりも、まずはそれぞれに自分の足で強く歩いていってほしいと思いはじめ、そういうラストを目指して書きました」
吹奏楽部の直球部活小説
一方、『屋上のウインドノーツ』は青春部活小説。松本清張賞としては意外な内容だ。
「いまだに“殺人事件が起きる話じゃないのか”と言われます(笑)。実は昨年の3月に文藝春秋の新人発掘プロジェクトに入選して、その時にこの小説のプロトタイプについて編集の方とやりとりをしていたんです。ようやく形になった時に、ちょうど文藝春秋主催の松本清張賞の締切が近かったので“ミステリではないけれど、ひとつやってみよう”と応募しました」
こちらも地方都市の高校が舞台。給前志音は私立の中高一貫教育の女子校から公立の高校に進学。大人しい性格の彼女は友達もいないままだったが、死んだ父親を真似して屋上でエアドラムの練習をしていたところを吹奏楽部の部長、日向寺大志に見られ、部活に誘われる。この人のよい3年生もまた、中学時代に部活で失敗をした過去がある。
「私も中学時代に吹奏楽部にいたので部活のイメージはありました。人数が少なくて、緩いんだけれども、不思議な繋がりのある集団という(笑)。志音の楽器は、引っ込み思案の女の子がドラムを叩く姿が面白いだろうと思ったので、そこはあまり迷いませんでした」
志音が私立中学を離れたのは、人づきあいにつまずいたことが大きい。
「食物連鎖でいうと限りなく下のほうにいる子です。でもそこからピラミッドの上を目指すのではなく、下だからって負けないよという力を得ていく話にしたかった」
少しずつ彼女の心を開かせていくのがなんとも善良な日向寺大志なわけだが、
「最初は志音を助けるヒーローのイメージだったんです。でもしょせん18歳なので、できないこともあれば、自分の中で解決しきれていないことを持っている。彼は八方美人なんです。みんなに心穏やかにいてほしいというタイプ。私は正直、日向寺みたいな人に学級委員をされたらうまくつきあえないと思うし、ヒトリコにはいちばん嫌われるタイプだと思う(笑)。中学生時代、みんなにいい思いをしてほしいがために、いろいろぶち壊してしまったことがあって、その処理をしきれないまま高校生になっているのが大志です。そんな彼が志音という助けたい存在に出会って、助けつつも自分の愚かさに気づいていく。助けていた子に助けられていくんです。球のようにまんまるだった男の子が、凸凹ができてちょっといびつさを持つ状態にできたのではないかな、と思っています」
彼らは吹奏楽の東日本大会を目指すことになる。もちろん結果は読んでのお楽しみ。
「物語の最後で、志音はようやく通常の青春部活ものの主人公らしくなっているのかなと思います(笑)。大志も、後輩の面倒を見つつ、ちゃんと次のところで頑張っていく人であってほしいと思っていました。2人とも互いに抱えていた問題を自分で咀嚼して乗り越えるようにしたかった。誰かに慰められたからとか、励まされたから大丈夫、という話にはしたくなかったんです」
他に、どちらも女の子同士の軋轢が扱われている点も目にとまる。日都子が小学生の頃に先生に誤解された時、それを後押しするような発言をしたのは非常に親しくしていた子だった。また、志音が中学生時代に仲良くしていた瑠璃は、あまりに過保護で、志音を息苦しくさせていたのだ。
「私は実家が運送屋でいつもおじさんたちに囲まれていたせいか、女の子同士の関係が苦手なほう。それでも女の子たちと仲良くしていくうちに、ささいなことが10年後も尾を引くのが女の子同士なのかな、と感じました。男の子同士はもう少しからっとしたイメージなんですが、女の子同士は深く繋がる分、湿ったところがあって、それがいいように働くこともあれば、取り返しのつかないことを招く場合もある。そういう気持ちがあったので、どちらの小説も女の子同士が離れたりもう一回くっつこうとする話になったんでしょうね」
特に際立つのは『屋上のウインドノーツ』に登場する志音の幼馴染みの瑠璃。人気者でありながら地味な志音の面倒を見ようとするため、志音は彼女を慕うクラスメイトたちから反感を買ってしまう。また、悪気はないのに友人を抑えつけてしまう言動の描写も絶妙だ。
「実は最初のプロトタイプに瑠璃ちゃんはいなかったんです。でも途中で、志音と長くつきあっている存在が必要かなと思って改稿の時に思い切って入れてみたら、いろんな問題を解決してくれました。最初は志音は単なる引っ込み思案の可哀相な子だったんですが、瑠璃ちゃんを登場させることによって、彼女の陰に隠れて最低限の安全を手に入れて生きてきたという、志音のマイナスの面を作ることができてよかった」
素直に頑張る話が書きたかった
『屋上のウインドノーツ』では、主要人物2人の名前に「志」が入り、重要なフレーズとしてクラーク博士の「大志を抱け」が何度も登場。
「中学生の頃だったか、社会科の資料集にクラーク博士について詳しく載っていたのが印象に残っていて、ぜひ小説にこの言葉を使いたいなと思っていました。それで、志という共通のものを持った2人の話になりました」
大志を抱き努力すれば願いは叶う、そんな思いを著者自身も持っているのだろうか。
「ちょうど大学2年生の春に3・11が起きて、そのまま3年になってひたすら小説を書いてばかりの時期を迎えたんです。あの時期は自粛ムードでお花見のような行事はもちろんないし、夏の吹奏楽のコンクールもやらないんじゃないかといわれていました。そのなかで小説を書いているうちに、自分と同じくらいの年代の人が素直に頑張る話が書きたくなったんです。3・11と比べると志音や大志の悩みは小さなものとして扱われてしまうけれど、でも当人にとっては大きな問題。その痛みを大事にして乗り越えていく話にしたかった。私なりの震災小説みたいなところがありました」
『ヒトリコ』も『屋上のウインドノーツ』も、確かに、光を感じさせる展開が待っている。
「自分と同い年くらいの人が読んだ時に、明日からまた頑張ろうとまではいかなくても、ほんのちょっとでいいから前向きになれないと駄目だろう、と思って書いています。登場人物たちが挫折したとしても、物語の最後に数段上の階段を上っているようにしたい」
すでに現在、次の作品にも取り組んでいる。
「今は大学生の話と高校生の話を同時に書いています。いろんなものを書いていきたいですが、ベースにするのは青春小説。社会人が主人公の大人の青春小説も書きたいですし。私のような社会人3年目で、ちょっと疲れはじめた人の話も書きたいし(笑)、碧野圭さんの『書店ガール』のようなお仕事小説にも興味があります。私が働いている広告代理店も、大学をクライアントにしたちょっと変わった会社なので面白いんですよ。でもニッチすぎて、小説の題材としてはどうでしょう(笑)」
(文・取材/瀧井朝世) |