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大崎 梢さん『空色の小鳥』
最後まで読むと、私らしい小説です。こうきたか! と思ってもらえたら、そして納得してもらえたら嬉しいです。
大崎 梢さん
 大崎梢さんの新作『空色の小鳥』は、何やら最初から不穏な空気が漂う。大企業のオーナー家族の青年が、兄と内縁の妻の死後、幼い少女を引き取る。だが、彼は特別に兄にも少女にも愛情があるように見えない。彼の心の内側にあるものは何か……。灰色のスタートが、やがて豊かな色彩を帯びてくる、著者の新境地。
大崎 梢(おおさき・こずえ)
東京都生まれ。2006年『配達あかずきん』でデビュー。『サイン会はいかが?』『平台がおまちかね』など書店や出版社を舞台にしたシリーズを多数書く。他の著書に『クローバー・レイン』『忘れ物が届きます』『だいじな本のみつけ方』などがある。

幼い少女を引き取る青年

 「今回の小説について“どういう内容なの?”と訊かれたら、とりあえず“とにかく第一章を読んでみて”と言い続けています(笑)」

 と、大崎梢さん。確かに新たな代表作といえる『空色の小鳥』は、今までとは異なる雰囲気を持ち、一言では簡単に説明しづらい内容。先の読めない展開でページをめくらせるのだ。

 大企業のオーナー西尾木雄太郎の長男、雄一が不慮の事故で死んでから三年。弟の敏也は、実家と縁を切っていた兄に、実は内縁の妻と幼い娘がいたことをつきとめ、彼女たちを訪ねる。西尾木家には二人の存在を伏せつつ母娘の面倒を見る敏也だが、やがて病に侵された母親が亡くなり六歳になる結希を引き取ることに。が、実は彼は、兄の雄一とは、本当は血が繋がっていない。つまり結希とも、血縁関係にはないのだった──というのが、第一章の内容。

「ミステリーなどを読んでいると、地方の富豪の家に突然ただ一人の相続人が現れる……という話が結構あるんですよね。たいていの作品ではそういう子が突然現れたところから始まって、遺産相続の揉め事が描かれていく。でも私は、その子が現れるに至るまではどうだったんだろうというほうに興味があって。それで逆算して書いていくことにしました。自分としては大風呂敷を広げた気分です(笑)」

 敏也は、雄太郎の後妻の連れ子。兄雄一の母親は、息子をおいて家を出たのだ。父の雄太郎は兄のことを、血の繋がった息子として、西尾木グループの後継者として溺愛していた。実の母親が病死して以降、敏也は肩身の狭い思いでその様子をずっと見てきたのだ。そんな彼が雄一の子を、しかも二十七歳独身の身でありながら引きとった真意は何か。読み進めると、特別子ども好きでも、彼が兄に対して深い愛情があったようにも感じられないため、読者には奇妙に思えるだろう。

「彼が何を企んでいるのか分からないよう、動機を伏せたままで話をスタートさせました。いい人なのか悪い人なのか、なかなか分からないと思いますが、自分では最終話まで考えて書き始めているので、設定に迷いはありませんでした。今までも書いたことのないタイプの主人公だったので、すごく楽しかった」

 そんな敏也も、少しずつ変わっていく。

「主人公が小さな女の子を引き取ることになってからの変化が書けたらいいな、とは思っていました。彼の辞書にはない小さい女の子という異分子を、“子育てなんて簡単さ”と引き取るわけですが、内心“何言ってるんだ”と思っていました(笑)。そんなわけないですよね」

 まだ幼い結希は、熱だって出すし部屋だって汚す。何よりも、敏也と彼女の間には、人と人とのコミュニケーションが生じていく。

「計算尽くの人に計算外のことが起きて、その人自身を変えていく、という展開に惹かれます。大人一人だったら誰にも頼らず生きていけるかもしれないけれど、子どもを育てるとなると、否が応にも人と関わらなきゃいけなくなる」

見守ってくれる周囲の人々

 会社勤めもある敏也に一人で対応できることは限られている。そこで彼がSOSを出したのが、結希が母親と一緒に住んでいたアパートの近隣女性であったり、高校時代からの友人、汐野だったり。また、ドライな交際をしていた美容師の亜沙子には別れを切り出したが、事情を知った彼女のほうから手をさしのべてくれる。

 汐野は高校時代は少年の姿であったが、今ではすっかり女性である。

「敏也のような家庭環境で育っていると、学生時代は家庭的に恵まれた子たちのことは眩しくて、親しくできない気持ちもあったと思う。逆に、家庭内でうまくいっていないと分かっている者同士のほうが、わりと素直に接せられたのではないでしょうか」

 亜沙子の存在に関しては、

「いわゆるごく普通の男の人として、つきあっている女性がいる主人公がいいなと思っていました。傍からみればお洒落なカップルに見えるような二人を考えていました」

 もともと結婚を考えない、さばけた仲だった二人。ただ、彼女も複雑な人生観を持っている。

「子どもがいないことを引け目に考えてしまう人もいると思う。私には子どもがいますが、周囲には結婚していない人、子どもがいない人がたくさんいる。幸せの形はいろいろあると思うんです。結婚して子どもができることが人生の成功プランみたいに言う風潮ってありますよね。亜沙子さんも、本当に子どもがほしいのかどうかは別として、そういう風潮に引け目を感じているところがあったのでは」

 敏也と結希の味方となってくれる存在はそれだけではない。彼らが住むマンションの管理人たち、結希の同級生たちの母親ら……。

「マンションの管理人さんや近所の人たちだってそれまで会っていたはずなのに、敏也の視野に入ってこなかったんでしょうね。でも少女を引き取ると、彼女が声をかけたり、犬の散歩についていったりするから彼も挨拶しなければいけなくなる。そうやって人との関わりあいが出来ていくんですよね」

 成長していく結希と、敏也の間には何かしら絆めいたものが生まれてくる。「最初は物静かな女の子をイメージしたけれどそうではないほうがいいと思い、元気な子になりました」という結希の無邪気な言動が愛らしい。ただ、時折見せる、亡くなった母親を思い出している様子が切ない。そう感じるのは敏也も同じようで、

「何年も一緒に暮らしていると、さすがに情が湧いてくる、というところが面白い。その子が喜んだら自分も嬉しいし、その子が悲しんでいたら自分の胸も痛む。できればその子に笑っていてほしいと思う……そういう素朴な気持ちが、自分のなかから湧いてきてしまうものなんですよね。それに、敏也だってお母さんも亡くしている身。だから本当は、お母さんを亡くした結希の気持ちをいちばん分かっているんです」

 さらに、敏也の人柄が見えてくるのが、職場での様子。雄太郎が出資協力したエクステリアの会社にコネ入社した敏也は専門知識があるわけでもなく、事務室に勤務している。みなが自分の扱いに困っている空気を察し、黙々と仕事をこなしている。意外と要領がよく、気がきくようで周囲から重宝がられている模様。

「仕事を頼むとそれ以上のことをしてくれる同僚って、単純にありがたいし、いてくれると助かりますよね。性格だとかコネ入社だとかいったその人の背景に関係なく、やっていることで評価されるというのは仕事というものの良さ」

 素直に仕事の実績で敏也を評価する社員たちの姿も清々しい。それはもちろん、

「主人公自身が、単に頼まれたことをこなすだけではなく、彼なりに考えて、資料はこういう風にまとめたほうが分かりやすいだとか、こういう風に揃えておけば後々助かる、ということをちゃんと考えて動ける人だからですよね」

血の繋がりと人間同士の絆

 西尾木家から距離をおいて暮らす敏也たちだが、それでも接点は生まれてしまう。従兄弟の将人などは昔から敏也を敵視しており、雄一亡き後自身が西尾木グループの中枢を狙っている現在、なにかと彼をコケにしようとする。

「将人には彼なりの道理があるんですよね。西尾木雄太郎の甥だということがステイタスで、叔父に認められることが目的なのに、敏也という邪魔者がいる」

 一度は敏也との縁談が持ち上がった親戚の従姉妹の桃香は、親に従わずに家を出て劇団女優を目指している。家を捨てて夢を追う彼女でも、西尾木家の一員であるというプライドをちらつかせる。そんな端役の人物の薄暗い心内の描き方も非常に巧み。

 そして次第に印象が強くなっていくのは、もう亡くなってしまった、敏也の義理の兄、雄一だ。一度は西尾木家を出て家庭を持とうとした彼は、何を求めていたのか。義理の弟に対して、どんな思いがあったのか。

「最初のプロットの時からお兄さんの気持ちはある意味落としどころになると思っていました。それとは別に、書いているうちに自分でも気づいたのですが、お兄さんは弟のことが羨ましかったんですよね、きっと。自分は実のお母さんに捨てられているけれど、敏也は実のお母さんに大事に思われながら育てられていた。お兄さんの目線になってみると、こういう風に子どもを愛してくれる人が自分の本当のお母さんだったらどんなにいいだろう、と思ったはず。そのことには露ほども気づいていない敏也の目線で話が進むので、そうしたことは書きませんでしたが、そうだったんだろうなと思って」

 やがて、隠されていた敏也の意図も明らかにされ、西尾木家には一波乱起きる。そこから意外な方向へと話は広がるのだが、それはもちろん読んでのお楽しみ。ただ、その騒動からは、血縁へのこだわりと、血縁外での絆について、さまざまな思いを読者にも抱かせるはずだ。

「家族ってどういうものなのか、興味がありますね。宮部みゆきさんの『理由』を読んだ時に、家族と縁を切った人でも新たに家族を作ろうとするんだな、と感じたことがあって。人間にとってどんなに振り払っても根っこにある、その“家族”っていったいなんだろう、という気持ちはずっとありますね」

 血の繋がりを持たない人たちの集まり、つまり疑似家族への興味も強い。

「普通は血が繋がっているからひとつ屋根の下に暮らすことになる。そうじゃなくてもいいのかなと思ったんですね。そうなるとシェアハウスっぽくもなりますが、でも単純に病気した時に心配してくれてお水を買いにいってくれたりするだけでも、家族の意味はあるのかなと思います。昼間はみんな学校なり会社なりそれぞれの場所に行って、夜になると帰ってくる場所が家庭なのかな、って。それだけのことが今、難しくなってきているんだろうなとも感じています」

 一章から、大きくかけ離れた場所へと連れていってくれる本作。

「最後まで読むと、私らしい小説だと思います。この結末はあまり想像できないんじゃないでしょうか。こうきたか!と思ってもらえたら、そして納得してもらえたら嬉しいですね」

 タイトルは「青い鳥」のもじりで、小鳥はもちろん結希のことだと思わせるが、

「空の色といっても、いろいろですよね。青だったり水色だったり、白だったり灰色だったり、オレンジ色だったり。子どもを引き取ってみたものの、はたして一体どの色なのか分からない」

 だから、このタイトルであるにもかかわらず、カバーは水色や青ではなく、「何色でもない色」としてグレーとなっているわけだ。

 来年の春で作家生活十年目となる大崎さん。

「『夏のくじら』や『クローバー・レイン』を書き上げた時はやっと岸に泳ぎ着いたかのようにへとへとで、これで小説を書くのはやめてもいいという気分でした。でも今回、これを書き終えた時はそうは思わなかった。決して思い入れが減ったわけではないんです。前はすぐにイッパイイッパイになっていたんですが、ちょっと自分のキャパが広がったのかな」

 毎回「今回の作品がいちばん良かった」と言われると嬉しい、という。

「今回の小説を読んだ方がツイッターで、“『クローバー・レイン』が好きですが、そこからまた先に連れていってくれました”と書いてくださって。ふたつの作品を意識して比較することはなかったんですけれど、嬉しかったですね」

 ちなみに、どちらも大人の男性が成長する話。実は大崎さん、本作しかり『クローバー・レイン』しかり『夏のくじら』しかり、小説の中で数々の男性を成長させている。

「主人公に自分を投影する書き方はしないので、男の人を主人公にすることも多いのですが、こういう風に揉まれてほしい、という気持ちがあるのかもしれません(笑)」

 今後は、どんな舞台を書く予定かというと、

「『プリティが多すぎる』などと同じ出版社が舞台の『スクープのたまご』が来年の春くらいに本になります。もうすぐ『ミステリーズ!』で移動図書館の話の連載も始まります。もうひとつ、また家族小説みたいなものを書いてみたい」

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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