辛酸なめ子「お金入門」 5.セレブなパーティーで貧乏性の荒療治

辛酸なめ子「お金入門」5
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 金運を長年遠ざけているのは、「お金がない」という言霊。幼少期から刷り込まれ、大人になってもなかなか抜けません。

 実際「お金がない」という口癖は、お金がない状況を現実化してしまうネガティブな引き寄せワード。言霊の力を知っている今は、さすがに口に出して「お金がない」を連発することは減り、心の中で思うにとどめています。それでもふとした時に、「こんな高い料理、お金がないから頼めない……」「セレクトショップの服の値段が上がっているから、自分の経済力ではとても買えない」などと、ネガティブワードを発してしまうことがあります。高いものを買うことへの罪悪感も常につきまとっています。

 この「お金がない」という意識はいつ刷り込まれたのかとさかのぼると、やはり親の影響が大きいです。子どものころから常日頃、「お金がない」という両親のぼやきを聞かされてきました。両親は共働きの教師で、とくに贅沢もしていないのに、どうして経済的に豊かになれなかったのか……それはやはり2人の「お金がない」という言葉が世知辛い現実を引き寄せていたのかもしれません。それ以前に、贅沢を嫌うストイックな性格も影響していました。2人とも娯楽や楽しみをほとんど知らず、禁欲的に勉学に励んで国家公務員から教師に転職した、という生粋のまじめ人間でした。私は子ども時代、ラグジュアリーな体験をした記憶はほとんどなく、家族旅行は毎年のように国民宿舎を利用。ふだんはジュースを飲ませてもらえないのですが、旅行中の夜ご飯のときだけ、バヤリースのオレンジジュースを頼んでもらえるのが、唯一の贅沢でした(妹と2人で1本)。幼少期、飲み物を制限された体験の反動で、大人になった今では毎日のようにカフェでドリンクを買いまくっています。また、家族旅行ではふだん乗らないタクシーに乗り、メーター料金が想像以上に上がると、両親が口論し出し、いたたまれなくなると同時に、タクシーのメーターへの恐怖心がインプットされました。今でもタクシーにはなかなか乗れません。

 娘2人が都内の私立中高に通いだすと、両親の「お金がない」という口癖は頻度を増しました。「学費にお金がかかるから、お母さんは自分の服を買えないんだからね」「誰のおかげで学校に行けると思っているの」など、何度言われたかわかりません。自分の服を買ってほしいと気軽にリクエストできない状況です。通っていたのは私服の女子校だったので、おしゃれができないことで若干肩身が狭くなりました。月5000円のおこづかいをためたり、アルバイトをしたりして(校則で禁止されていましたが)、なんとか友だちとのお茶代や服代を捻出。高校時代、表参道のカフェに友人たちと行ったけれど、飲み物代が高くて頼めず、水だけで過ごしたという黒歴史が記憶の海馬に刻まれました。華やかで人気者のクラスメイトと仲良くなるためには、かわいくて流行の服が必要でしたが、当時はユニクロもGUもなかったので、浦和コルソで数千円のスカートを買うべきか長時間悩んだこともありました。そしていつしか私も両親と同じく「お金がない」というマインドに染まってしまったのです。病は気から、貧乏は心から、かもしれません。

 大人になって最もお金がなかったのは20代前半の頃。就職せずに細々とフリーで漫画やイラスト、文章の仕事をしていたのですが、安定とはほど遠い経済状態でした。まだ浦和の実家に住んでいたため、打ち合わせで東京に出るたび交通費が1000円以上かかってしまっていました。服もなかなか買えず、日暮里の問屋街に行き「ニポカジ」と呼ばれる一角の激安の衣料品店で1000円以下の服を探していました。20代は高い服を買えず、モッサリした格好をしていた記憶です。ワンピースやアクセサリーなどを取り入れるようになったのは30代からでした。

 そんな私が、自分の金銭感覚と対極にある富裕層の世界を垣間みたのは30代に入った頃。雑誌「サイゾー」で、子供地球基金という素晴らしい活動をされている鳥居晴美さんを取材する機会がありました。困難な状況にいる世界の子どもたちを支援し、アートのワークショップで心をケアする、ということを1988年以来ずっと続けられています。その活動の一つが、チャリティガラです。六本木の「グランドハイアット東京」で毎年開催されるパーティーで、収益は世界各国での慈善活動に使われます。そのパーティーを取材したとき、ワンピースを着用し、自分としてはドレスアップした気でいましたが、ワンピースとイブニングドレスはどうやら違うらしい、という現実に気付かされました。東京中の富裕層が集まるパーティーで、紳士淑女の出で立ちを拝見すると男性も普通のスーツではなくタキシードに蝶ネクタイなどで、女性も着物か裾を引きずる丈のドレスが多いです。ハイブランドのアーカイブの展示でしか見ないようなイブニングドレスを普通に着こなしている女性たちを見て、自分の知らないアッパークラスの存在を知りました。彼らは「お金がない」なんて辛気くさいセリフは一切発しないと思われます。作法や身のこなしが板についているので、きっと祖父母の代から資産家なのでしょう。髪も肌も完璧に整え、美しい宝飾品とドレスを優雅にまとい微笑んでいる美女たちは、別世界の人種のよう。同伴のパートナーもきっと管理職とか経営者とか高名な芸術家なのでしょう。どれだけ過去生で徳を積んだのか、と羨望の眼差しで眺めていました。

 それから時を経て、最近も時々、子供地球基金のチャリティガラに参加しています。子どもたちへの支援活動で少しでも徳を積むため、そして貧乏性を治す荒療治の意味もこめて……。テーブルでの会話も、イタリア旅行の美食の話や、若い頃ヨーロッパの舞踏会でデビューした話など、かなりアッパー感が漂っています。ラグジュアリーな体験がほとんどない私は、会話に入れないで聞いているだけでしたが……。「ドーミーインは安くて温泉もあって良いですよ」なんて情報を提供しても一笑に付されるだけでしょう。超富裕層にとっては格差が笑いのツボということもあり、実際、別のセレブな会で軽井沢に別荘を持つマダムたちに「軽井沢では日帰り温泉のトンボの湯に行ったことがあります」と言ったら「おもしろいお方!」と爆笑されたことがあります。悪気はないのだと思いますが……。高校時代の、カフェでドリンクを頼めなかった時の淋しさを思い出しました。

 チャリティガラでは、年によっては同年代の女性と同じテーブルになって、新しい友だちができることもありました。彼女たちとの交友でも、高級なワインや、オーベルジュでの食事、デパートの外商でのショッピング、自家用ジェット機の購入を打診された、などの話を伺い、華麗な富裕層の世界を覗かせてもらっています。エネルギーがわかる知人も「お金持ちの友人と一緒にいると金運が上がります。時間の使い方や考え方もわかるのでおすすめです。ただ、背伸びしないのが大事」と言っていました。

 そうしているうちに、今年もチャリティガラの時期がやってきました。ワンピースとイブニングドレスは違う、とあれほど学んだのに、ここ数年の自分の装いといえば、ZARAやSHEINなどで買ったワンピースばかり。それらしく見える風に、できるだけ丈が長い服を選んでいましたが、会場に行くとガチ富裕層のドレスの素材や仕立てを見て、格差を感じて気持ちが萎縮していきました。今年こそ少しでも高級感がある服を……と思ったのですが、1回しか着ないのでもったいない、というまたもや貧乏性マインドが顔をもたげてきました。ここは、買わないで借りるのがお財布にも地球環境にも優しいのではないか? という思いが芽生えて、「ドレス レンタル」で検索。するとレンタルでも1万円以上かかるところが多く、それならZARAで買った方が……ということになってしまいます(なぜかZARA中心に考えるクセが)。 私はついに禁断のワードを入れて「ドレス レンタル 格安」で検索してしまいました。そこで発見したのは24時間営業の無人で借りられるレンタルドレスのお店。各種パーティーに最適で、買うと2万円前後のドレスが4000円で1週間借りられます。これだ、と思いさっそく申し込みました。

 渋谷にある店舗を訪れると、そこには色とりどりのドレスが並んでいました。丈は長くてもミモレ丈くらいで、残念ながらイブニングドレス的なものは見当たりませんが、テロッとした生地やレース素材など、結婚式の二次会になじみそうなドレスが揃っていました。デザイン的に無難なものが多いのと、結構着用感があって、ドレスに囲まれているのにテンションは上がりません。4000円なので贅沢は言えないですが……。寒いのが苦手なので露出度は高くなくて、派手すぎず地味すぎないもの、と消去法でセレクト。試着室で何枚か着用してみたのですが、これを着たい! という服がなかなか見つからず、着れば着るほどわからなくなってきます。ドレスとは一体何なのか……。そうしている間にも時間が経っていくことに焦りを感じ、私は自分の服を脱ぐとき、首を勢いよく出してしまったのですが、ブチッという嫌な音がしました。見ると、その日つけていたネックレスのチェーンが切れて床に落下していて、ショックを受けました。倹約、というかケチって4000円の格安レンタルドレスを借りたら、試着室でネックレスを破損。結局修理代が数千円かかってしまいます。なんでも安くすませようとした結果、支出が増えることに。これもまた貧乏性が招いた現実なのでしょう。私は東京砂漠で、お母さんの価値観を受け継ぎ、ひとりがんばっています、と天国の母に伝えたくなりました。

 最終的に選んだのは赤紫色の、上半身がレースで下半身がテロッとした生地の、無難さを凝縮したような中途半端なデザインのドレス。パーティーではまた例年のように、エレガントなドレスの方々との格差を痛感し、パーティー中は立ち歩いて社交する気力もなくて、黙々と料理を食べていました。この自分のスタンスは、これからも変わらない予感がしています。「30万円のコートとか高い着物とかっていつ着るのかって思ってたけど、アラフィフの今着ないと一生着ないよね」と、同級生の女友達が言っていたのに共感。これからも富裕層になれない格差の位置エネルギーを、仕事の原動力に生かしたいです。

 

今月の一言

富裕層に憧れながらも贅沢なことができない自分を認めて、格差を伸びしろとポジティブにとらえましょう。

 

辛酸なめ子「お金入門」5 イラスト

(次回は2025年1月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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