辛酸なめ子「お金入門」 2.投資マニアが集う資産運用EXPOの歩き方

辛酸なめ子「お金入門」2
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

「資産運用」。この言葉を使っただけで、富裕層のような気分になれます。先日、久しぶりに「資産運用EXPO」を訪れました。「株式、不動産、保険から現物資産まで、あらゆる投資商品が一堂に会する」日本最大級の資産運用イベントです。22年の1月にはじめて行ったときは、お金を増やすヒントが欲しい、という動機でしたが、まるで「投資大喜利」のような珍しい投資商品がたくさんあって、心の中で突っ込みを入れつつ楽しみながら投資の可能性を探求できました。

 22年の1月に行った時は仮想通貨が盛り上がっていて、高級時計をはめた茶髪の若者が、「暗号資産に30万円ほど投資したら800倍になって一撃で2億円以上の利益が出ました。人生が変わりました! 板前の修業もやめました」と話していたのが印象的で、勢いが感じられました。しかしそれから暗号資産市場は急落。約半年後、7月に行った時は、その仮想通貨のブースはなくなっていました。度々暴落する仮想通貨の不安定さを実感。スリルを感じたい人には良いかもしれません。その時に気になったのは「しいたけコンテナ事業投資」。菌床を買って、あとは栽培は委託し、使用済みの菌床も買い取ってもらって利回り10%前後という……。一瞬心が揺らぎましたが、子どもの頃からしいたけが苦手で、そんな思いで儲けようとしてもしいたけに失礼だと思ってやめました。

 24年の夏、東京ビッグサイトでは「TOKYO JEWELRY FES」と「資産運用EXPO」が偶然同じ日に開催されていて、金銀財宝のエネルギーが渦巻いているようです。まず「TOKYO JEWELRY FES」に行って、天然石が好きなので期待を胸に抱いていたのですが……、天然石も少しはあったのですが、それより高級なマダムっぽいデザインの宝石がメインで、だいたい数十万円はしていたので買えませんでした。ブースのガラスケースに近付くのも気が引けます。希少な宝石、パライバトルマリンのリングが1億8,000万円もしていました。資産運用で成功を収めてからでないと、「TOKYO JEWELRY FES」では気軽に買い物できません。

 若干の敗北感を漂わせながら、「資産運用EXPO」の会場へ。入ったらすぐに「バイクタクシー投資」のポスターが目に入り、投資大喜利の予感にテンションが高まります。1口50万円でフィリピンのバイクタクシー事業に投資。配当金は4%つくそうです。住民の貴重な移動手段なのだとは思いますが、庶民的なサーピスでどうやって利益が出るのか素人にはわかりません。

 高級感漂うブースで目を引いたのは「ウイスキーカスク投資」。カスクとは「樽」の意味だそうです。「ウイスキー樽 最新資本成長率14.95%」と、壁に大きく書かれていました。製造され、樽に詰められたウイスキーを長期保有し、値上がったところで売るという「『時間』を武器とした中長期型の投資」とのこと。ウイスキーをほとんど飲まないので詳しくないのですが、スコットランドの各地に醸造所があるそうです。値上がりの例は、「ブナハーブン」を229万円で購入し、5年後は400万円。15年後は743万円。「ブレアアソール」は261万円が5年後は456万円、15年後は846万円……といった感じで着実に上がるようです。世界的に評価が高い樽はさらなる値上がりが見込めます。良い樽に当たったら儲かりますが、外れの樽もあるのでは、という気もします。「価格が0になることはほとんどなく、(売る)出口は多いです」という説明が。しかし15年後のウイスキーの人気や需要はなかなか予測できません。製造の全コストを醸造所が負担するので、手数料は20%、とさり気なく表記されていました。「自分の樽から味見できるんですか?」と聞いたら、味見用に取り寄せるのにも、かなりお金がかかるようでした。これはお酒好きの人が、趣味的に投資するのが良さそうです。「スコットランドにウイスキーの樽を持っているんだよね」などとパーティや食事会で軽くマウントを取ることができ、気分的に富裕層になれる投資です。他にも「ワイン投資」の会社もありました。「シャトーラトゥール1982」14万円が20万7,000円になった例などもあるそうです。投資が1,000万円以上になると海外のワイナリーツアー招待、という特典は魅力的です。管理料も2%台でそこまで高すぎず、ワイン好きの人には魅力的な投資です。このように時間とともに価値が高まる投資としては、ヴィンテージのジーンズや、最近人気で値段が高騰している90年代のバンドTシャツなども可能性がありそうです。「バンドTシャツ投資 年利10%」「5,000円で買ったNIRVANAのTシャツが100万円に!」などとうたったら、お客さんが集まるかもしれない、と妄想しました。

 デイトレ、FX、不動産投資などのブースを流し見しながら、仮想通貨のブースを探しましたが見当たりません。やはり暴落が続いて焼け野原に……。一瞬億り人になって板前の修業をやめた若者は、今は寿司屋で働いているのかもしれません。

 そのかわりに目を引いたのは、「ブルーベリー農園ビジネス」。「初期費用200万円~」「高収益実現」「初めてでも安心」というキャッチフレーズが。耕作放棄地を持つ地主と農園を経営したい顧客をつなぐサービスだそうです。農園は管理してもらえますが、最初の4年はブルーベリーが実らないので赤字だとか。収益表を見ると、初期投資だけでなく毎年一定金額を積み立てないとお金が増えないという、ブルーベリー年金のような投資です。ただブルーベリーが好きで SDGs にも貢献できると言われると、ちょっと始めたくなってきます。

 毎回このイベントでは海外の不動産投資のブースが盛り上がっています。ベトナム、カンボジア、フィリピンの不動産など。現地を視察していたら旅費がかさんでしまいそうですが、日本よりも経済発展しそうな国々で夢があります。国内だと、空き家を駐車場にして収益を得る、「駐車場経営」などは需要がありそうです。また、インバウンドが復活したので、「民泊代行サービス」というものも希望が持てました。一例として、葛飾区の25平米の部屋を民泊にすると、清掃代など差し引いても月に29万円の利益が出ることもあるそうです。大家として貸し出すよりも収益が。ただマンションでは民泊禁止のところも多く、治安も心配なので始めるのはハードルが高いです。

「トレカ自販機事業」は駅で見かけるポケモンカードなどの自販機に投資するもの。大きな駅で利回り22%も得られる、とパンフに書かれていました。設置場所は先着順のようで、大きな駅なら高収益が見込めます。サイトには「3年で回収も?!」と書かれていたので黒字になるにはしばらくかかりそうで、それまでトレカブームが続いていたら良いのですが……。もし自分がトレカを集めていたら自販機で売る前に欲しいレアカードを探してしまいそうです。「系統用蓄電池事業」という渋い投資もありました。送電線に直接接続して充電。電気が高い時に売ることで利回りが10%前後に。ただ初期費用がかなり高く、パンフを見ると蓄電池20台で78億円、という例が記されていました。

 なかなか素人が気軽に儲けられる投資がないと思いながら会場を回っていたら、証券会社のブースが人だかりになっているのが目に入りました。「トルコ・リラ建社債」と書かれています。「金利は今26.88%です」と、あまりにも高いので立ち止まって話を聞きました。ただ、トルコでインフレが常態化していたり、トルコ・リラ自体がかなり下がっていたりと、通貨として不安定なのが気になりました。円に対して安くなりすぎると為替リスクも大きくなります。

「満期になったら返ってきます。毎月金利分が振り込まれます。この表を見てください」と、証券会社の社員らしき人に見せてもらった表には、約120万円の投資で毎月約18,000円、300万円の投資で44,000円入ってくる、と記載されていました。

「これだけ、真水で入ってきます!」と言われると、少し心が動きます。「真水」とはビジネス用語で利益を表す言葉でしょうか。自分が喉が渇いていて、真水を欲していることに気付かされます。豊かさの源泉から湧き出る真水を……。しばらく脳内で検討しましたが、トルコ・リラの相場の不安定さが気になったので、見送ることに。

 NISAやiDeCoのブースもありましたがほとんど人がいなくて、ちょっとギャンブル性があったり変わった投資だったりしないと、ここに来るお客の心はつかめないのかもしれません。投資初心者ではなく上級者を自認する人が集うイベントです。

 さまざまな投資商品をチェックして、やはり実際に買う勇気はないまま、今回のイベントで得た物は、3色ボールペンとエコバッグでした。それぞれアンケートに答えるなど、個人情報と引き換えで……。個人情報こそ重要な財産なので、それを気軽に渡してしまったことへの一抹の不安を覚えながら会場をあとにしました。

 

今月の一言

上級者向けの投資商品は、余剰資金で趣味的に投資するくらいがおすすめです。

 

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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