辛酸なめ子「お金入門」 8.株賢者の教えに学ぶ

辛酸なめ子「お金入門」8
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

「株には手を出さないほうがいいわよ」というのは、母方の祖母の教え。株で大損した親族の保証人になっていたので、祖母の父が都内の家を手放すことになってしまったと伝え聞きます。その教えを長らく守っていたのですが、ある時こんな思いが芽生えてきました。先祖のトラウマや過去をポジティブに上書きするのも子孫の使命の一つでは? と。子孫繁栄できなかったかわりといっては何ですが、せめて株でリベンジして報いたい……。投資信託は前からやっていたのですが、個別株はハードルが高くてなかなか参戦できないでいました。そんなとき、知り合いで日本文化を研究しているI先生が、株で悠々自適に生活している、という噂を聞きました。友人何人かで集まって、そのI先生に株の教えを請おう、という話になり、昨年何度か集まる機会がありました。

 I先生は昭和20年代生まれ。若々しくておしゃれで、とても70代には見えません。株の売買で良い刺激を得ているからでしょうか。I先生は「株をやっていて良いのは、頭が活性化することと、社会のことがわかること」とおっしゃいます。でも、話を伺うと、I先生のご家族も株で失敗した過去があったようです。

「まず、自分の父が信用取引をやっていました。現金や株式を担保として証券会社に預けて、証券会社からお金を借りて株を売買する手法です。それで空売り(持っていない株を信用取引を利用して、借りて売る)していたら、大損してしまい、それが原因で病気になって亡くなってしまったんです」

 なんと、私の祖母の父以上に大変な目に遭われたとは。I先生は親の仇を取るような気持ちで株をはじめられたのかもしれません。「信用取引」「空売り」という単語は聞いたことがありましたが、原稿料の出版社からの「前借り」と同じく超えてはいけない一線な気がします。

「僕は大学を卒業すると同時に株をやりはじめました。証券会社に融資する会社の審査部に入社し、証券会社の経営状態を分析する仕事をしていました。妻のお父さんは証券会社の役員で、戦後何社も上場させました」

 I先生は株に縁がある環境にいたようです。一見お金持ちファミリーのようですが、試練が訪れたこともあったとか。

「妻の父も粉ミルクの会社に投資して大損こいたことがあるんです。株は儲かったり損したりするので、下がったときの自分の心のあり方が重要ですね。1円2円下がっただけで眠れなくなっちゃう人がいるんです。株の値動きでふだんの仕事が手につかなくなってしまう人は不向きですね。ずぼらな方が儲けられます。大きく儲けるにはじっくりゆったり。下がったら忘れちゃう」

 私も投資信託をはじめたときは、オミクロンショックで一気に3割下がり、ストレスで白髪も増えました。それから、怖くて損益をあまりチェックしなくなって、少し心の平穏を取り戻した感があります。毎日売買するデイトレーダーでもない限り、適度に放置するのが良さそうです。I先生が株をはじめたときは、電話での売買で、今のように秒単位で取引する感じではなかったとのこと。

「昭和63年にバブルが訪れて、日経平均の株価が40000円くらいになりました。大蔵省が『不動産融資総量規制』をやりはじめたんですが、不動産価格がどんどん値上がりして、規制が意味を果たしていなかったんです。そのとき、僕は不動産が暴落するとわかったんで全部売っちゃったんです」

 株価が上がっているともっと得したいという思いでなかなか売れませんが、I先生のように直感が降りてきたら従うのが良さそうです。

「一番大きい金融市場の暴落は、第二次世界大戦で負けたとき。妻の父いわく、日本円の価値がなくなって貯金もゼロになってしまったそうです。でも、真っ先にお金に換えられたのは株券だった。日本経済に何かあったときお金に換えられるメリットがあります。株とかゴールドは、ひとつの貨幣だと思っていただいても良いです」

 陰謀論や裏事情にも詳しいIさんは、国は新札を発行したり、税制を変えたり、マイナンバーと紐付けたり、いろんな手口を使って、個人の資金をあぶり出そうとしている、と話します。

「やっぱり株で収益を上げるのは大事です。『稼ぐに追いつく貧乏なし』という格言もありますので。株という制度が生まれたのは、17世紀の初めにオランダ人が『東インド会社』を作ったときだと言われています。投資家を集めて、貿易で得た利益を分配しました。そこから今の株式会社の形態ができています。良い悪いは別にして、この株という制度に乗っかって儲けるのは有効なんです。株の良いところは、人にへつらうことなく自分で儲けることができること」

 フリーで仕事している下請けの身としては、仕事の増減で一喜一憂することがありますが、株である程度の収入があれば、精神的に落ち着いていられそうです。でも、負けるパターンも多いなかで、どのようにすれば株で儲けられるのでしょう。

「情報の集め方がすごく重要。昔は『会社四季報』をめくって研究していましたが、今は YouTube やネットの情報で良いと思います」

そんなI先生おすすめのサイトは、まず「株探」そして「Yahoo!ファイナンス」だそうです。

「これでほぼ必要な情報は集められます。社名や、会社のコード番号を打ち込めば情報が出てきます。例えば試しに今出てきたJ社は、利回りが4%くらいで利息が高いのがポイント。事業内容や、決算のニュースもチェックしましよう。続いて、I社は小さな会社ですが、特殊な技術を持っています。こういった会社をがんばって見つけましょう。地道な研究の中で、人から言われた情報でなく自分で選んでいくこと」

 株価の棒グラフにばかり目が行ってしまいますが、I先生は買い時について教えてくださいました。

「会社の株は大底で買えると良いわけですね。大底の見分け方は『半値八掛け二割引き』。チャートの一番高いところを見ます。その値の半分に下がった数値に0.8をかける。さらにまた0.8をかける、そこが大底です」

 5000円の株価が1600円になったら大底、ということでしょうか。なかなか見ないですが、アパレルショップのファイナルセール状態です。

「見込みのない会社は這い上がれないこともありますが、そこまで下がったらなんとか起死回生したくていろんなことをやり出すと思います。出来高(取引が成立した株式数)を追っていくと、ある日突然上がることがある。誰かが情報を得ていち早く買ったというサインです。なんだろうと思って情報を調べると、その会社についての良いニュースが出てくることもあります」

「Yahoo!ファイナンス」を見ていたら「出来高増加率」のページを発見。たしかに前日7株しか売れていなかったのが、今日は6000株とかになっていると、明らかに何かの理由がありそうです。釣られて次々買いそうですが、I先生は、銘柄を多く持ちすぎないほうが良いとおっしゃいます。

「一銘柄を10倍にしちゃうくらいの気持ちで買うのが良いです。分散しだすのは資金が3000万円くらいになってから。それまではがんばって増やしましょう。200円で買った株が300円になっても、10倍になるまで売らないという気持ちで投資してほしいです」

 I先生は10倍まではないけれど、5~6倍まで上がったことは何度か経験しているとのこと。かなりの富を築いてそうです。

「倍になっても喜ばない感覚になってほしい。目標額に達すまで引き出さないで。日々稼ぐお金と株で儲けるお金は別にしてほしいです。どうしても使っちゃうから。目標額に達したら好きなことに使ってください」

 Iさんは手数料が高い投資信託と、あまり詳しくない外国株には手を出さないようにして、日本の株をメインに売買しているそうです。私は証券会社の人に言われるがまま高額の投資信託商品を買ってしまい、そのときは手数料についても不勉強で基準より高いか低いかもわかっていませんでした。改めて調べると高いものは2%くらい払っていて、売りたいと言ってもなかなか売らせてくれない理由はここにあるようです。

 I先生は、株価のサイトで他にチェックしたほうが良い項目を教えてくれました。

「それは『PBR』という項目です。実際の会社の価値と、帳簿上の価値の比率を表しています。株価に対してどれくらい資産を持っているかを表していて、1なら、もし会社が解散しても株主には同じ金額が保証されます。1より低いと株価が純資産に対して低く評価されているということになります。1より上の方が将来性があると思って良いでしょう」

「PBR」、初心者にとって理解が難しいですが、株界隈で大人気の後藤達也さんの『転換の時代を生き抜く投資の教科書』にも、この値の重要性が書かれていました。将来性が低いとなると1を切ってしまうそうです。ふと、今の自分のPBRはいったいいくらなのか……そんな恐ろしい考えがよぎりました。本には「低PBR企業は無駄づかいが多い」とも書かれていて、耳が痛いです。収入が増えているわけでもないのに昨日は高いアロマやコスメを買って今日はアクセサリーを購入……低PBR人間かもしれません。

 I先生は「PBRが高くなると頂上が見えてしまっているので、低い値でも魅力がある会社はあります。自己資本比率(総資本のうち純資産の占める割合)の部分をチェックしてみてください。自己資本比率が多いと借金が少ないということに。30%以上あれば経営状態は安定していると思っていいでしょう」と、別の見方についても提案。

 試しに、某有名IT企業の自己資本比率を調べてみたら3.5%という値で……「あっ」と小さく叫んでしまいました。私が社債を買ったS社は約15%。変な汗が出てきました。I先生は「借金しまくってもうまくやってる」と評価していましたが……。ちなみに世界のトヨタの自己資本比率は38%でさすがです。逆に例えば90%台など高すぎても、もっと事業に投資してイノベーションを起こしてほしい、と思えてきます。

「自分でお宝を探し出してほしいです。最初は買わないで、まず観察してみてください。株を研究するスタイルを貫いて」と、I先生。それからしばらく株価をチェックしていたのですが、見ているだけではがまんできなくなって半導体関連の株を購入。焦って買ったせいか、そのあとかなり下がってしまったのは前回書いた通りです。久しぶりに、おそるおそる証券会社のサイトにログインして、所有株式の損益をチェックすると、マイナスを示す青い数字が目に入り、株価にテンションが連動。

 そういえばI先生は、株の極意についてこうおっしゃっていました。

「大きく得たお金で、世の中のために何かしたいという志があるなら、儲けるのが一番。まず儲けましょう。お金はエネルギーですから」と。

 儲けたら、好きな服やアクセサリーを買って温泉にでも行って……という思いでしたが、動機のレベルが低いというか、志が足りなかったのかもしれません。儲かったら社会に還元するイメージを描き、少しずつでも続けていきたいです。先祖の代わりにリベンジする、という気持ちではじめた株ですが、株で利益を得られたという成功体験と達成感は、先祖供養だけでなく、来世に持ち越せることも期待して……。

今月の一言

株価に一喜一憂せず、長期的な目線で、株を研究するスタイルで冷静に見ていれば精神も安定。株はメンタルを鍛えます。

 

辛酸なめ子「お金入門」8 イラスト

(次回は4月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

萩原ゆか「よう、サボロー」第94回
『アルプス席の母』早見和真/著▷「2025年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR