荒木 源『PD 検察の犬たち』
内側から見た新聞の栄光と滅び
四半世紀以上の昔だけれど、私は新聞記者だった。
東京地検特捜部を担当していたころ、初めてで最後にもなってしまった一面トップの特ダネを書いた。
自民党が下野するきっかけを作った大型疑獄の真っ最中だった。夜討ち朝駆けを繰り返した検事から、国会議員への違法献金が見つかったと耳打ちされた時は震えた。原稿を出してしまうと、他社も書いてるんじゃないかと心配でたまらなくなった。杞憂と分かった翌朝の飛び上がりたい気分。意気揚々と向かった記者クラブで、ライバルたちから刺すような視線を浴びせられる快感といったらなかった。
記者にとって特ダネは麻薬だ。絶対の正義でもあった。どんな立派な論を展開できても、抜けない奴は馬鹿にされた。
神様のような特ダネ記者が何人かいた。どうしてこんなことが分かるのか、唸るしかないネタを取ってくる。取材先のはらわたにまで食い込んでいるからだ。憧れながら私は、彼らと贈賄企業の裏セールスマンの共通点に気づいた。用心深い政治家が危ない金を簡単に受け取ってくれるわけがない。信用されるためにどれほど努力しただろう。
当時の新聞は輝いていた。しばしば憎まれ、陰口を叩かれながらも、恐れられ、ステイタスを誇った。何より社会に影響を及ぼす力を持ち、暮らしに欠かせないインフラだった。
電車の中で新聞を広げる人を見ることすら今や難しい。小説を志して記者を辞めたあとだったけれど、急激すぎる凋落に私は驚くばかりだった。しかし、振り返ってみれば必然のようにも思えた。
いずれにしても、少なくとも紙の形のまま新聞が復権する見込みはゼロだろう。業界は新たなビジネスモデルの構築に懸命だが、負の遺産からの決別に手間取れば退場を余儀なくされる。
輝やきの内側に身を置いた者として、滅びのドラマに物語の形を与える望みを抱き続けてきた。フィクションではあるが、起こっておかしくないと自分で思える話にすることにこだわり、かつ読者に楽しんでいただく両立に苦労した。
書き上げるのに二年近くかかったが、宿題を果たした安堵、そして出し切れた満足感に浸っている。
荒木 源(あらき・げん)
1964年京都府生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、朝日新聞社会部記者などを経て、2003年に『骨ん中』でデビュー。他の作品に『ちょんまげぷりん』『オケ老人!』『早期退職』などがある。
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『PD 検察の犬たち』
著/荒木 源