小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第12話

小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第12話
ある人の、ある恋の、ある時のこと。

 第12話 
ときめき日記


もう引き返せないところまで早くいってしまわないと、あなたのいやなところ、最低なところ、みてもみぬふりをしたくなるほど、取り返しのつかない、そういう、みもふたもない、加点も減点もパニックのなかで行われきらないと、わたし、きっと、恋をできない、ふれられることに疑問をもったら、戻れない、戻れるわけがない、疑問のないとき、それはいっしゅんおとずれて、ねえどうか、とてもつめたいきもちのままで、よくよく注意をしていてほしい、みてて、みている、あなたのその、さわり心地のよい眉のこと、わすれられない、わたしばっかり、すきで、きもちいい、からだのなかを、ころころと、ころがりつづける球体のこと、追いかけては、もどかしいような、おかしいような、なめたいような、心地におそわれている夏に、あなた、かみさま? 

くちびるの奥に声がある、からだの奥にはコンランがある、はしりだしたい、体力ないの、びんぼうゆすりをゆさゆさと、ひとりの部屋でゆさゆさと、おもんぱかって、ぱかってよ、ぱからなくてもいいのだけれど、あなたなら、まあ、いいのだけれど、そんなこんなで、また朝が、朝はこないの?

誰との約束まもるため、わたしたち、にがわらいして、つったってるの、あなた、わらってくれるの、どうなの、あまのじゃく、つまらなさそうに、くちびる、つんと、とがらせて、かわいいんだね、おかえりはいらないの、家には帰らない、電車に乗って、どっかいこうよ、海はいいや、山もいいや、川もいいや、眠りたいから、温泉がいい、ほてったほっぺたさわらせてくれる?

おしゃべりよりも、うたいたい、うたってるところ邪魔したい、あなたの高音にかぶせたい、わたしの低音をかぶせたい、食卓テーブルさわるとき、スープにくちをつけるとき、本にしるしをつけるとき、TVの頭を撫でるとき、りんごジュースの息を吐くとき、泣きやんだとき、どんなうた、くちずさんでる?

夏が過ぎ、ぜんぶうそだったんだよ、やはりそうですか、そして、にわかに、ひとりぼっち、そんなさびしいベランダをおもい浮かべてしまうのは、かんぺきな幸福のなかにいるからみたい、あなた、長生きってしてみたい?

わたしはね、長い散歩をしてみたい。

 


小原 晩(おばら・ばん)
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。独立系書店を中心に話題を呼び、青山ブックセンター本店では、2022年文芸年間ランキング1位を獲得した。その他著書に、初の商業出版作品として23年9月に『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。

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