小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第9話

小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第9話
ある人の、ある恋の、ある時のこと。

 第9話 
コンビニ店員


 君がほんとうに好きなのは発泡酒と鶏そぼろ丼、君が興味のないものはグミ、君が買いそうで買わないものはおつまみらしいおつまみ、たとえばさきいかとか、燻製たまごとか、カルパスとか。僕は知ってる。深夜にぼさぼさの髪でカップ焼きそばを買いにくる君の暗くて薄いブルーのくまを。朝方にしわくちゃのTシャツと短パンで買いにくる焼きそばパンを。

 君は日替わりのように男のひとをとっかえひっかえ連れてくるから、ここでの君のあだ名は抱かれていいともだよ。つけたのは僕じゃなくて、ゲスのたけうちだけど。君はお酒も、おつまみも、その男が選ぶにまかせて買っていくけれど、君の好きなお酒を、君の好きなおつまみを知りたがる男はひとりもいないのか。安い赤ワインを買う男には注意したほうがいいのに、チューハイばかりを飲む男なんてくだらないに決まっているのに、ワンカップなんてもってのほかだし、ほろ酔いもだめ、梅酒もだめ、ウイスキーなんて部屋で飲むものじゃないのに、君がひとりでのむときの、その発泡酒を一緒にのんでくれる人がいいじゃないか。そもそも君の男の趣味はなんだ。まるでこだわりがない。髭面で大きな熊のような男がいれば、エアコンの風に吹かれて飛んでいきそうな薄っぺらな男がいるし、おかっぱ頭の男がいれば、お礼のできる眼鏡がいるし、まゆげのない男がいれば、タトゥーの入った男がいるし。君にはもっと、ふつうの男がいいだろう。平均的な、なんの特徴もない、笑った顔の少しかわいい男がいいだろう。

 僕は毎日のようにいろんな君をみるんだ。おめかし気味の君をみるし、濡れた髪のままアイスを買いにくる君をみるし、どんよりつかれた君をみるし、なんとなくうれしそうな君もみる。ときどきは女友達を連れてくることもあるね。あの時の君が僕はいちばん好きなんだ。げらげら笑って、くだらないことを何度も言って、余計なものをたくさん買って、前髪のことなんていっさい気にしていない、さっぱりとした君のうつくしさをみることができる。君が男といるときの顔なんてほんとうにどうしようもないよ、甘えた声なんてなんの意味もない、そんなことが通用する男が埋めてくれるものは埋める必要のある空洞なの。

 秋になったらここをやめようと思うんだ。ありふれた君のような女のことを見つめているのに僕はとうとう疲れたんだよ。どうも哀しすぎるんだ。

 君のほんとうなんか僕には到底わからない。君の買いたいものをレジに通すことしか僕にはできないし、セルフレジで買われてしまえば関わりなんて生まれない。それでもただ見つめることを僕はしてきて思うんだ。君が求めているたったひとつの温かいものは星の数ほどの男と寝ても見つからない。

 今夜も君はここにひとりでやってきた。

 仕事終わりだろうか。まつげはくるんときれいにカールして、スカートには皺のひとつも見当たらない。君は何度も行ったり来たりしながらじっくりとお弁当をえらんでいる。えらんでいるときは必ずと言っていいほど後ろ手を組んでいるね、副校長先生みたいにおだやかな顔で。君は鶏そぼろ丼と冷やし中華でさんざん迷った挙句、鶏そぼろ丼を手にとる。それからいつもの発泡酒をもって、僕のところへやってくる。ふくろ、いりますか。いえ。温めますか。はい。僕は電子レンジのなかへ君の鶏そぼろ丼を入れる。そして隈なく温める。ほんの少しの間、僕と君の間には無言が生まれる。君はこの時間、いつも電子レンジをじっと見つめて待つ。おなかがすいているんだね。もうすぐ、温まるからね。高い音が鳴って、電子レンジからほかほかの鶏そぼろ丼を出し、手わたす。っざます。言って、君はかるく頭をさげる。ありがとうございました。僕は言って、しっかりと頭を下げる。頭をあげて君の背中を追うと、外で煙草を吸っていた男と一緒に歩き出した。いつの間に見つけたの。君の好きなものを教えてもいいと思うひと。君のことを待ってくれるとわかるひと。

 


小原 晩(おばら・ばん)
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。独立系書店を中心に話題を呼び、青山ブックセンター本店では、2022年文芸年間ランキング1位を獲得した。その他著書に、初の商業出版作品として23年9月に『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。

河﨑秋子『愚か者の石』◆熱血新刊インタビュー◆
▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 池田克彦「運命の人」