週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.160 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん

たくさんの兄妹の中で育った實成は、独身の30歳で、今はアパートで一人暮らしをしている。
そんな中父が亡くなり、それ以来、實成は「あれ」に付きまとわれるようになった。
「あれ」は人のかたちをしているときもあるし、大きな丸いかたまりになっているときもある。
父の霊というわけではないが、色があるわけでもなく、ただそこにもやがかかったように視界が不明瞭になるのだ。實成はいつしか解決策として、夜に散歩することにした。何も考えずひたすら歩くのだ。ときには朝になるまで歩き続けることもある。
ある夜、いつも通り一人で歩いていると、前を2人の女性が歩いていた。そのうちの一人は同じ職場の塩田さんで、もう一人は中学生ぐらいの女の子。塩田さんは確か独身だったはずだが……。
そんな中、塩田さんの方から「一緒に歩かない?」と言われ、翌日以降3人での夜の散歩が始まった。
その後塩田さんの前任の伊吹さん、アパートの管理人さんなども加わり、お互いの事情も話さないままの5人はただひたすら夜歩く。
この夜の散歩での登場人物達はお互いの事情や悩み等を積極的に話すわけでもなく、ただひたすら歩く。
この空間には縛りがない。言いたくなければ言わなくていいし、敢えてそれを聞くこともしない。
そう、無理せずに自分のペースでゆっくり歩いていけばいい、一生懸命に生きなくていいと言ってくれてるように。
人生はうまくいかないことのほうが多いが、そんな時は心赴くままに何も考えずにいることも大切だし必要なことだよと教えてくれる物語だ。
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下町で生まれ育ったキヨカは幼いころから、空間にひそむ黒いモヤモヤや、「気」が見える能力を持っている。中学生になってからはその特殊な力を使って、ご近所のおじさんが運営する「自習室」を訪れた人の心のモヤモヤを掃除するアルバイトをしている。
「自習室」にはいわゆる下町ならではの連帯感があって、町のいろんな事情を誰でも知っている。それが嫌味がなく心地よい。そんな中、実はかなり重いテーマが各エピソードに込められている。
生きる知恵やサバイバル術を吉本ばなな節でさらりと伝えてくれる哲学的小説。
大塚亮一(おおつか・りょういち)
地方書店でも作家さんが行ってみたい!と思ってもらえることを目標に日々奮闘中。そしてお客様にもあの書店に行くとわくわくする!と思ってもらえるようなお店になることが最終目標の宮崎県の書店員。