ミステリの新潮流を見逃すな! いま読むべき「華文ミステリ」三作

文善の『逆向誘拐』の犯人が終盤で口にする動機の言葉に、現代人の心の空洞を垣間見たような気持ちになる。
書店員名前
ときわ書房本店(千葉) 宇田川拓也さん

「華文ミステリ」という名称を目にして、それが中国語で書かれたミステリであるとご存知の方はごく少数だろう。また、台湾の皇冠文化出版が島田荘司に協力を仰ぐ形で創設した、公募の華文ミステリ文学賞があることに驚かれる向きもあるかもしれない(主催者や名称を変えながら第五回を迎え、現在は「金車・島田荘司推理小説賞」に)。そんな、まだまだ知るひとぞ知る華文ミステリだが、二〇一七年、いよいよ日本でも注目度が一気に高まる好機がやってきた(理由は後述する)。いま、このタイミングで読むべき三作を、今回はご紹介したい。

ぼくは漫画大王
文藝春秋

 いきなり第十二章から始まりギョッとさせられる、胡傑『ぼくは漫画大王』は、奇数章と偶数章で異なる視点を駆使する構成の妙が光る作品だ。向かいの家の主が刺殺される事件と、近所のお兄さんからもらった「週刊漫画大王」をきっかけにマンガにのめり込んでいく少年のエピソードの先に待ち受ける結末とは? 物語を彩る一九七〇~八〇年代の台北が郷愁を誘う。

 

逆向誘拐
文藝春秋

 香港生まれ、カナダ在住のビジネスウーマンである文善の『逆向誘拐』は、特殊な〈誘拐〉を描いて読者の予断を許さない。さらわれるのは人間ではなく、国際投資銀行の機密文書。身代金受け渡しのために画策された意表を突く仕掛けと事件の思わぬ全容はインパクト大。犯人が終盤で口にする動機の言葉に、現代人の心の空洞を垣間見たような気持ちになる。

 

1367
文藝春秋

 そして今年、華文ミステリの注目度を一気に高めるに違いない大傑作が、陳浩基『13・67』だ。返還前後の香港を舞台に、二〇一三年から一九六七年へと連作形式で遡る、警察小説と本格ミステリを融合したタイプの作品なのだが、六つのエピソードすべてが短編の年間ベストセレクションに採られてもおかしくない一級品ばかり。しかも本格ミステリとしての練度もさることながら、警察小説としても大袈裟ではなく横山秀夫級の出来栄えで非の打ちどころがない。香港警察で“天眼”の異名を持ち、解決できない事件はないといわれた伝説的刑事が、腐敗した組織に倦むことなく真の刑事であろうとした信念。その終わりと始まりに、心を揺さぶられない読者はいないはずだ。日本、英米、北欧にも引けを取らないミステリの新たな潮流を、ゆめゆめ読み逃してはなりませんぞ!

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