夕木春央『楽園』◆熱血新刊インタビュー◆

必然性から生まれる

夕木春央『楽園』◆熱血新刊インタビュー◆
 2024年に文庫化された『方舟』が「オリコン上半期文庫ランキング 2026」で第1位を獲得するなど、大きな注目を集める夕木春央氏。最新作『楽園』は、2022年発表の同作、2023年発表の『十戒』に続く〝極限状態のクローズド・サークル〟の第3弾だ。本格ミステリーとしての充実度はそのままに、過去2作にはなかった新たな要素が盛り込まれた注目作となっている。
取材・文=吉田大助

『方舟』の舞台は、長野県の山奥にある地下建築「方舟」だ。地震により10人の男女が閉じ込められてしまったが、1人が死と引き換えに施設に残って機械を作動させれば、残り9人は助かる。その1人は、誰にする? 不穏な空気は、施設内で殺人事件が起こったことから色が変わる。犯人を生贄の1人にすればいい──。クローズド・サークルかつデスゲームという極限状況で、決死の犯人探しが始まる、というストーリーだ。

「僕はミステリーを構想する時に、探偵の動機を重視することが多いんです。なぜ探偵が謎を解かなければいけないのかが気になるんですよね。『方舟』に関してはクローズド・サークルの中で起きた殺人事件の犯人を見つける、という探偵の動機をより強化する方法として、〝誰か1人を犠牲にしなければクローズド・サークルから脱出できない〟という条件を加えました。そうやってできあがったシチュエーションをできる限り現実的に成立させたいと考えていく中で、地下建築という舞台であったりデスゲームの要素であったり、犯人の動機の部分が見えてきた。どれも消去法的にそうせざるを得なかったというか、必然としてこうなった、という感覚なんです」

 その結果、世の倫理を大きく踏み越えるような価値観が次々に記録されることにもなった。特にラストの展開は、読者から阿鼻叫喚の反応が続出した。

「試行錯誤のすえに〝こうするしかない〟と辿り着いたアイデアが、一般的な倫理観の外に出ていかなければ成立しないのであれば、しれっと踏み越えていく準備は常にあります(笑)。僕が読者としてミステリーに感じる面白さには、そういう面も確実にあるんですよね。倫理を踏み越えた判断、そういった判断が生まれてしまう背景の描写に惹かれるんです」

 続く『十戒』は、無人島というクローズド・サークルの定番と言える舞台で、殺人事件が起こる。犯人は、10項目にわたる指示書きを残していた。10番目に記されていた文言は、「殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。その正体を明かそうとしてはならない。殺人犯の告発をしてはならない」。守られなければ島に仕掛けられた爆弾の起爆装置が作動する──。

「『方舟』を踏まえて同じような趣向の作品をもう一つ書けないかということになり、例えばタイトルは旧約聖書繫がりで『十戒』とかどうだろう、内容的には『方舟』の逆をやってみるのはどうかな、というのが発想の出発点でした。『方舟』は探偵の動機を強化するお話だったんですが、『十戒』では探偵の動機を剝奪するお話にしてみようと思ったんです。そこでこのシチュエーションが生まれ、その後の手順は『方舟』と一緒ですね。アイデアを成立させるために必要な条件を一つひとつクリアしていくうちに、ストーリーができていきミステリーとしての意外性も見えてきた。さらっとできたように聞こえるかもしれませんが、自分なりの正解に辿り着くまでにはめちゃくちゃ時間をかけて考えてます(笑)」

クローズド・サークルに、イレギュラーな条件を加える

 その先に誕生したのが、本作『楽園』だ。

「いわゆるデスゲーム作品は映画、漫画、小説といろいろ通ってきているんですけれども、不満がなくはないんです。デスゲームにならざるを得ない必然性が欲しい、と思うことが多いんですよね。登場人物たちの利害だとか自然環境的な条件などいろいろな要素が重なった結果、デスゲームに相当する状況が生まれてしまうというのが面白いんじゃないかと思うんです。『方舟』『十戒』『楽園』は、そこを意識した作品でもあります」

 冒頭にエピグラフとして掲げられているのは、旧約聖書の創世記の一節、いわゆる「アダムとイブ」の逸話だ。短いプロローグの後に幕を開ける本編で描かれるのは、「僕」と恋人の沙織が車で旅行に出かける姿。交通事故で亡くなった両親の不動産を相続した「僕」は、賃貸物件のオーナーとして生計を立てている。10日ほど前、間借り人である60代の女性・海原さんが突如失踪した。その行方を追うべく向かった先は、海原さんの家にメモで残されていた群馬県の山奥の住所だ。そこに何があるかを確認したら、湖畔のコテージで恋人と3泊する予定だった。

 目的地に着いた2人が目にしたのは、切り立った岩壁に囲まれた敷地にある謎の建物だ。中に入ると、無人ながらも人の気配があった。やがて訪れる、第1章ラストの衝撃。実はこの場所は、6人の住人たちが「楽園」と呼ぶ特殊なコミュニティだったのだ。「僕」と沙織は6人によって身柄を拘束される。ここから脱出するための条件は、「楽園」の住人のうち誰か一人を殺すことだった。

「『楽園』を書くうえではいくつかの前提条件がありました。その一つが、前2作と同じようにいわゆるクローズド・サークルものなんだけれども、これまでにないイレギュラーな条件を加えるということ。そこで思いついたのが、〝殺人犯にならなければクローズド・サークルから脱出できない〟という条件でした」

 なぜそんな条件が発生したのか。「楽園」の住人たちは何者なのか? これ以上は何も語れない。本作は『方舟』や『十戒』以上にシチュエーションそのものが奇想天外で、クローズド・サークルがクローズド・サークルたるゆえんに驚きがある。

「シチュエーションを比較した時に、『方舟』『十戒』『楽園』はだんだん奇妙度が上がっていると思うんですよね。それに、前2作はミステリー的に言うとフーダニット(犯人当て)が本筋だったんですが、殺人犯にならなければ脱出できないという今回の条件は、フーダニットとの食い合わせが良くない。ミステリーの構成に関しても、前2作とはかなり変わったというか、変えなければいけなかった」

小説の中でおかしさを膨らませていくことは、必然だった

 もちろん、物語の中では殺人事件が起こる。しかも一度ではなく、何度も。特に、第2の殺人のトリックが素晴らしい。

「プロットを事前にきっちり立てて書く方もいるとは聞くんですが、それが僕はできないんです。最初のシチュエーションと、最終的にどこへ辿り着きたいかだけを決めて、どこをどう通っていけばいいのかは分からないまま書き進めることが多いんですね。『楽園』に関しても、途中で起こる事件の中身は一切決めていませんでした。ストックとかもほぼないんですよ。今回のシチュエーションに存在する道具立ての中から使えるものを探していく過程で、個々の事件が生まれて、そのトリックであったりロジックを見つけていったんです」

 世の倫理を大きく踏み越える展開の数々は、『楽園』でも健在だ。ただ、本作で最大のサプライズとなっているのは、前2作にはない新境地の部分かもしれない。実は本作、笑えるのだ。

「シリアスギャグっぽいところはありますね。主人公はめちゃくちゃシリアスな状況にいるんだけれども、ちょっと俯瞰して見た時に〝どうしてこんなことになってしまったの?〟と、自分を笑うしかないみたいなおかしさがある。今回はいわゆるミステリー的な定型からはやや外れているぶん、小説の中でそのおかしさを膨らませていくことは、必然性の一つとして意識的に取り入れました。本当に笑えない状況って、そんなにない気もするんですよ。どんなに追い詰められていても、ふっと自分を俯瞰して笑ってしまうような想像の余地って、人間の強さでもあるかなと思うんです」

 考えてみれば「(いい)フリとオチ」という点では、笑いもミステリーも相似形だ。

「あとは、意外性。僕は戦後作家のエッセイが結構好きなんですが、例えば内田百閒のエッセイって、大真面目で現実的な文脈の中に、突然逆説的な論理がなだれ込んでくる。その瞬間が、すごく笑えるんです。それって、ミステリー的な〝奇妙な論理〟でもあると思うんですよね」

 旧約聖書から取ったタイトルも、読めばその意義を納得できる。この1作だけでも楽しめるが、前作を読んでおくとなお楽しめる。しかも、あの結末!

「一旦ここで、3部作として終了かなと思います。ただ、ふさわしい着想を思いついたらまた挑戦してみたいですね。その時は、〝新約3部作〟で行きたいと思います」


楽園

講談社

亡き両親から不動産を譲り受けた康之は、失踪した賃借人・海原の遺留品整理の際に、群馬の山奥の謎の物件の存在を知る。そこは、切り立った岩壁に囲まれた、「楽園」と呼ばれる奇妙な場所だった。恋人の沙織と一緒にそこを訪ね、探索をはじめた康之たちは、すぐに六人の〝住人〟に拿捕された。脱出のための条件は──「誰か一人を殺さなければならない」──夕木春央が描く、極限のクローズド・サークル。


夕木春央(ゆうき・はるお)
2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。同年、改題した『絞首商會』でデビュー。『方舟』で「週刊文春ミステリーベスト10 国内部門2022」「MRC大賞2022」第1位。近著に『十戒』『サロメの断頭台』がある。


萩原ゆか「よう、サボロー」第166回
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