吉良信吾『沈黙と爆弾』◆熱血新刊インタビュー◆

土地にこだわって書く

吉良信吾『沈黙と爆弾』◆熱血新刊インタビュー◆
 第4回警察小説新人賞の戴冠を果たし、吉良信吾の『沈黙と爆弾』が刊行された。長らく投稿生活を続けてきた著者にとって、本作はさまざまなブレイクスルーを埋め込んだ作品だったという。
取材・文=吉田大助 撮影=黒石あみ(小学館)

 吉良信吾は1977年沖縄県生まれ、熊本県在住。警察小説新人賞と前身の警察小説大賞には3回ほど応募経験があったが、それまで最終候補に残ったことはなかった。停滞打破の原点となったのは、警察小説大賞と警察小説新人賞の歴代受賞作をすべて読んだことだったという。

「佐野さんの作品では地域交番の窓際警察官(ごんぞう)、鬼田さんの作品ではSITとSATの対立、直島さんの作品では検事による事件捜査、麻宮さんの作品では人情捕物帳、そして水村さんの作品では訟務係が抱える裁判と、受賞作の売りがすべて異なっていることに気づいたんです。これまでの私は刑事であったり交番勤務のお巡りさんの話を書いていたんですがどれもありきたりで、自分ももっと他の人とかぶらないような題材を見つけるべきだなと思ったんですね。そこで改めて警察の組織図をチェックしてみた時に、目についたのが監察課(警務部)でした。『警察の中の警察』と呼ばれる監察官が、警察官の不正や違反行為について調べる人たちであるということは、警察小説や刑事ドラマが好きな人にはわりと知られているとは思いますし、古野まほろさんといった何人かの有名な先生方も小説で扱っている部署です。ただ、新人で書いている人は見当たらなかったんですよね。ここを掘ってみたらどうだろう、と可能性を感じたんです」

 舞台選びに関しても、従来とは異なる発想を採用した。

「これまでずっと東京の、都会の話を書いていたんです。たぶん他の応募者の作品も、東京が舞台のお話が多いんだろうなと思ったんですよね。自分が今暮らしている熊本を舞台にすれば、それだけで目新しいものになるんじゃないかと気づいたんです」

 監察官という題材と、熊本という舞台。2つの新しさを活かすためにはもちろん、魅力的な物語が必要だった。そこにもブレイクスルーがあったと言う。

「お話の最後のドラマ部分を、最初に思い付いたんです。この場面を一番面白く見せるにはどうすればいいかという考え方で、ラストからの逆算で全てを組み立てていきました。こういう書き方をしたのは、今回が初めてでした」

キャラが動かなければ、ストーリーは動かない

 謎とサプライズに満ちた魅力的なプロローグの後、熊本県警本部監察課のだまきよはるの視点で本編は幕を上げる。廃倉庫で起きた爆発事件の余波が残るある日、阿玉は首席監察官の刈谷塚優子から新たな任務を命じられる。数日前に監察課に配属されたばかりの船場新太巡査部長とペアを組み、とある「非違事案」の捜査をすることだ。その事案とは、熊本東警察署の刑事・澤守竜人が、居酒屋で何者かに暴行を加えたというものだった。しかし、澤守は先の爆発事件に巻き込まれ、意識不明の重体となっていた。

「監察官は公安と一緒で具体的な仕事内容はほとんど外部に出ていないんですが、ほぼ唯一と言っていい資料が『警視庁監察係』(今井良)でした。それを読んでみたら、監察がどういう部署なのかはよくわかったのですが、実際に監察官が動く非違事案は、警察内部の誰が不倫している、といった色恋系が多いんです。でも、私の腕では不倫で面白い話を書ける気がしなくて。それよりも、主人公のクビどころか首席監察官のクビも飛ぶぐらいの難しい案件の方が面白いだろう、と。連続爆弾事件に巻き込まれて、悲劇の刑事としてマスコミで騒がれている人物が実は悪徳刑事だったら……というふうに発想を膨らませていきました」

 本人に直接話を聞くことはできないため、阿玉はまず、澤村の上司と部下を呼び出して聴取する。その一連の場面が実にスリリングだ。

「監察官から出頭要請が届いたら、警察官はどんな仕事よりも取り調べを受けることを優先しなければいけない。呼ばれる=疑われているってことなので、何かしらの処分が下される可能性が高いんですよね。そんな状況で、第一声で〝ここに呼ばれた理由はおわかりですか?〟と聞かれたら、めちゃくちゃイヤですよね。実際の監察官による取り調べがどうかはわかりませんが、自分なりにうまく書けたと思っています(笑)」

 阿玉は単に澤守竜人の罪を暴くだけではなく、警察の威信に傷が付かないような決着を求められている。だが、ペアを組む新人の船場は強すぎる正義感の持ち主で、上司に楯突くような言動を繰り返す。しかも時を同じくして、失声症を患う小学6年生の一人息子・善徳が動物殺しの容疑をかけられてしまう。タイトルの「沈黙と爆弾」は、阿玉が抱えた2種類の事件を示している。

「最初に思い浮かんだラストシーンを表現するためには、監察としてではなく、父としての阿玉の姿も描かなければいけない。そのためには、息子絡みの別の事件を作る必要がありました。監察官の話と家族の話をどう結びつけるかが、ストーリー作りで一番苦心したところですね」

 2つの事件がうまく結びつくストーリーを考えるだけでは、理想とする小説像には届かない。登場人物たちの心情や人生をいかに書くかに、最も心血を注いだという。

「警察小説は事件そのものの魅力ももちろん大事ですが、その事件がきっかけとなって起きたいろいろな問題に対して、どういう人たちがどうやって乗り越えていったり解決していったりするかが一番の読みどころだと思うんです。そこを表現するためには、登場人物たちのことを自分がちゃんと理解していなければいけない。キャラが動かなければ、ストーリーは動かない。これまでの執筆経験から考えてみても、筆が止まる時ってたいてい、登場人物たちへの理解が足りていない時なんです」

 本作の応募時のタイトルは「それぞれの正義」だ。主役級のみならず、脇の登場人物たちの人生や心情を理解し、ひとりひとり異なる「正義」を描き出しているがゆえに、本作には人間ドラマとしての厚みが備わっている。だからこそ、ラストシーンにここまでの感動が宿るのだ。

「本にするにあたって物語の幹は変えないようにしながらも、枝葉の部分ではかなり加筆修正をしたんですが、選考委員の先生方からいただいた選評の存在は本当に大きかったです。確かに厳しいご指摘をたくさん受けましたが、それは裏を返せば〝ここを直すとこの物語はもっと良くなるよ〟というヒントだと思ったんですよね。小説の完成度をまだまだ高めることができる、そう考えれば先生方からのご批評は賞金よりも嬉しかったです(笑)」

熊本地震のことをリアルに書ける作家はあまりいない

 吉良が小説の執筆を始めたのは20代の時だったという。途中で10年ほどの空白を経て、30代の終わりから再び筆を取るようになった。人生の転機となったのは、2016年4月14日夜に発生し、最大震度7を観測した熊本地震だ。

「凄まじい揺れで飛び起きて、すぐ玄関へ走っていってドアの鍵を開けようとしたら、開けられなかったんです。〝これ、たぶん崩れるわ〟と絶望的な気持ちになった。その時にふと思い出したのが、トイレに逃げるといいって話でした。トイレって柱の間隔が狭いんですよ。だから崩れ落ちた時にぺしゃんこにならないし、閉じ込められても水に困らないって聞いたことがあって、トイレの中に逃げ込んだんです。しばらくして揺れがおさまったところでもう一回玄関に行ったら、今度はドアを開けられたのでどうにか脱出することができました」

 その時、こう思った。

「一度きりの人生なのに、やりたいことをせずに死ぬのは絶対イヤだな、と。じゃあ自分がやりたいことってなんだろうと考えた時に、やっぱり小説が書きたいなと思ったんです」

 熊本地震は、阿玉の過去に関わる重要なエピソードとして登場する。

「熊本が舞台の警察小説を書こうと決めた時は、熊本の地域性だとか、エリアごとに異なるまちの色をうまく物語に乗せられたらなと思っていたぐらいでした。ただ、構想を進めるうちに、この土地に生きている人たちの話を描くうえで熊本地震のことは避けて通れないし、それをリアルに書ける作家はあまりいないんじゃないかなと思ったんですよね。こんなにも大きな悲劇がかつて本当に起こったんだ、ということを忘れてほしくないという気持ちも込めて書きました」

 今後も、熊本が舞台の警察小説を書き継いでいきたいと抱負を語る。

「ピンポイントで舞台に選ばれることはあるとしても、熊本という土地にこだわって書いている警察小説作家はいないので、珍しがってもらえるかもしれないなと思っています。次の作品は監察課が舞台ではない、全く別の話になる予定です。メインになる事件はできつつあって、今は人物の絡め方と人物像の掘り下げをしているところですね。ゆくゆくは、阿玉と対決する人物を主人公にした作品が出せたら面白いかもなと思っています」

 熊本県警サーガの実現、楽しみに待ちたい。


沈黙と爆弾

小学館

熊本県警本部警務部監察課の阿玉清治は非違事案の調査を命じられる。爆発事件に巻き込まれて意識不明となっている刑事の澤守が、暴行騒ぎを起こしていた疑いがあるというのだ。警察の威信に傷がつかない無難な着地を求められた。時を同じくして、熊本地震をきっかけに失声症を患っている小学生の息子が、動物殺しの疑いをかけられる。阿玉は妻や息子との関係に心を砕きながら、非違事案の調査を進めるが──。感涙の家族小説×超弩級の警察ミステリ


吉良信吾(きら・しんご)
1977年沖縄県生まれ、熊本県在住。本作『沈黙と爆弾』(応募時タイトル「それぞれの正義」)で第4回警察小説新人賞を受賞し、デビュー。


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