# BOOK LOVER*第23回* 門脇 麦
空からふわりと落ちてきた真っ白な布で、ワンピースを作った。花畑を歩けばワンピースは花柄に、雨が降れば水玉に、草原を歩けば草の実模様に次々と変わる。ああ、私もきっとこんな風に何色にだってなれる。
役者を志した動機の原点には、幼い頃に母が読み聞かせてくれた『わたしのワンピース』がある。行く先々で自由な模様に染まるワンピースのように、私も自分というキャンバスに、どんな風にだって自由に色を塗れるはずだ。根拠のない自信と共に、そんな思いが強く刷り込まれた。絵本の真似をして紙にワンピースのような三角を描き、自分が思い描く自由な模様や景色をそこに描き込んでいた。
〈ララロン ロロロン ランロンロン〉
普段の生活の中でワクワクすることがあったとき、嬉しくて仕方がないときは、このフレーズが頭の中で自然に再生される。主人公のウサギちゃんが口にするこの言葉は、まるで魔法のおまじないのよう。大人になった今あらためて向き合うと、音の並びがオリジナルなことにも驚かされる。
と同時に、幼い自分が感じていた世界へのワクワク感や想像力がエモーショナルに胸の内に蘇ってきて、なんだか涙ぐみそうにもなってしまう。あの頃の自分に戻っていく気持ちと、本当の意味ではもう戻れない悲しみ。ノスタルジーと決別。その両方を感じて、胸があたたかくなったり、苦しくなったりする。
俳優業を始めてから12年が過ぎた。
どんな現場でも誠意を持って役を演じている。デビューしたての頃と比べると、パフォーマンスの技術も上達したと思う。それでも、過去の自分の映像を見返すと「昔の私もいいな」と感じる。ピュアな感情と懸命さが、ひしひしと伝わってくるからだ。きっと観る人にもそうだろう。
だから、私の手元には絵本がある。幼い頃に抱いていたワクワクやキラキラをたまに掘り起こして、もう一度、体内に充満させられるように。
『わたしのワンピース』
西巻茅子 著(こぐま社)
野原で真っ白いきれを拾ったうさぎが、足踏みミシンでカタカタとワンピースを縫うと…。ページをめくるたびに鮮やかな世界が広がる1969年刊行のロングセラー絵本。
門脇 麦(かどわき・むぎ)
俳優。1992年、ニューヨーク生まれ。2011年、俳優デビュー。映画『愛の渦』などの演技が評価され数々の新人女優賞などを受賞。以降、連続テレビ小説『まれ』、大河ドラマ『麒麟がくる』など話題作に多数出演。2023年はドラマ『リバーサルオーケストラ』『ながたんと青と―いちかの料理帖―』、映画『ほつれる』で主演務める。11月公開の台湾映画『Old Fox』にも出演。
「ねじまき鳥クロニクル」(再演)