採れたて本!【海外ミステリ#11】

採れたて本!【海外ミステリ】

 頑張るにせよ頑張らないにせよ、高校生の頃は「大学受験」が大きなトピックだった。どんなニュースやインターネットを見ても、車内広告でさえ、いい大学に入らなければいけないような強迫観念に駆られてくる。実際には、いい大学に入ったところで、みたいな話もごまんとあるのだけれど。

 それだけに、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』を見た時、そこに描かれた「韓国の受験戦争」のシビアな描写に驚かされた。日本よりも数段苛烈な状況と、富裕層と貧困層の対比を序盤から強烈に描いておくからこそ心に刺さる、結末の重み。テーマと一体となっているからこそ、あれだけ印象に残ったのだと思う。

 ラーフル・ライナ『ガラム・マサラ!』(文藝春秋)もまた、「受験戦争」をテーマにした犯罪小説だ。それも、インドの受験戦争である。主人公の青年・ラメッシュは、貧困の中で育ち、そこから成りあがった「教育コンサルタント」だ。彼の仕事は、どんなドラ息子でも一流大学に合格させること。しかし、普通に家庭教師をするのではない。彼は、替え玉受験によって、依頼人の息子を大学に合格させてしまうのだ。

 そんな彼が、ルディという青年の替え玉となって、「全国共通試験」(日本でいう大学入学共通テスト、センター試験)で一位の成績を取ってしまう。その瞬間から、ラメッシュの新たな犯罪が幕を開けた。ラメッシュは、インド最高の天才少年・ルディのマネージャーに収まり、彼を裏から動かしていく……。

 大胆で小気味の良い大嘘の中に、ラメッシュの恋や、彼の少年時代に出会った修道女シスター・クレアとの思い出、『スラムドッグ$ミリオネア』のパロディーめいたクイズ番組の描写など、エンタメの愉しみが贅沢に盛られている。おまけに、冒頭のシーンから示唆されるように、ラメッシュはこの後、誘拐に巻き込まれてしまうのだ。一体、何がどうなってそうなるのか。陽気で躁状態めいた語りの中にも、不穏な展開の予兆があり、飽きさせない。どこかあっけらかんとした結末まで含めて、愛すべき衣を纏った犯罪小説と言える。

 海外小説を読む楽しみの一つは、日本にいながらにして海外の雰囲気や文化を味わうことだが、それが真に迫った描写であればあるほど、感覚の違いに気付かされてゾッとすることもある。本書では、シスター・クレアが登場する少年時代編の描写も素晴らしいが、最もゾッとさせられたのは、くだんの「全国共通試験」で一位を取る場面で、「ヒンドゥー教徒としては一位だった」とさりげなく書かれているところだった。

ガラム・マサラ!

『ガラム・マサラ!』
ラーフル・ライナ 訳/武藤陽生
文藝春秋

評者=阿津川辰海 

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