採れたて本!【デビュー#18】
編集者が受賞作を選ぶ異色の公募文学新人賞、メフィスト賞から、またまた個性的なデビュー作が登場した。第65回の同賞を受賞した金子玲介の長編『死んだ山田と教室』がそれ。
舞台は偏差値70超の超難関男子校、啓栄大学附属穂木高校(モデルはたぶん、慶應義塾志木高校)の二年E組の教室。夏休みも終わりに近づいた八月二十九日、このクラスの中心的な存在だった山田ほむらが交通事故で死亡する。
第一話の始まりは、その三日後の九月一日。人気者が不慮の死を遂げた衝撃からか、教室の空気は重く沈んでいる。その沈滞ムードを払拭すべく、担任の花浦は席替えを提案するが、生徒たちはみんな下を向いて黙り込んだまま。そんなとき、教室の黒板の上にある四角いスピーカーから、とつぜん死んだ山田の声が響く。
〈いや、いくら男子校の席替えだからって盛り下がりすぎだろ〉〈お通夜じゃないんだからさ。みんなもっと先生に反応しようぜ〉
驚いた花浦が、「山田、お前、スピーカーになっちゃったのか?」とたずねると、山田の声は、
〈いやスピーカーになるってなんすか。スピーカーになるわけじゃないすか〉と答える……。
まんま学校コントみたいなこんな場面から、『死んだ山田と教室』は幕を開ける。
山田には身体感覚が一切なく、真っ暗闇の中、教室内に響く音だけが聞こえる状態だという。どうやら山田の意識は教室のスピーカーに乗り移ってしまったらしい。山田は生き返ったのか、それとも幽霊になったのか?
体がスピーカーなら声を出せるのはわかるとしても、いったいどうして外部の音が聞こえるのか不可解だが、そうしたいくつもの疑問を置き去りにしたまま、〝死んだ山田〟は、担任の席替え提案に乗っかって、〝俺が考えた二Eの最強の配置〟を発表し、その根拠を詳細に解説しはじめる。
「にしても山田、お前このクラスのこと、なんでも分かってるんだな」花浦は改めてスピーカーを眺める。「担任の俺より百倍詳しいわ」
〈そりゃそうっすよ〉山田の声が、誇らしげに響く。〈俺、二年E組が大好きなんで〉
第一話「死んだ山田と席替え」はここで幕を閉じる。
小説は全十話で構成され、ほぼ学校の中だけで語られる。死んだ山田(あだ名は〝スピ山〟)の存在は、本人の希望により、家族にさえ伝えられず、二Eの生徒と担任だけの秘密にされる。外が見えない山田には教室にだれがいるのかがわからないので、うっかりしゃべりだすと部外者に聞かれるかもしれない。そこで、スピ山がしゃべっても問題ない時は、ある合い言葉で呼びかけるルールが定められる。「Hey, Siri!」みたいなもんですが、なんともバカバカしく下品なその合い言葉は、ぜひ本を開いて確かめてほしい。
その合い言葉が端的に示すような中高一貫私立男子校気質(?)が本書の特徴。山田の誕生日にクラスメート有志がバースデープレゼント(の音源)を持ち寄る第五話「死んだ山田と誕生日」のすばらしいオチのように、お笑い芸人がパーソナリティをつとめる回のラジオ深夜放送(「オールナイトニッポン」や「JUNK」)的なノリが小説の基軸になる。
その一方、作中にはさまざまな伏線が周到に張り巡らされ、ミステリー的にも読める。フットボールアワー後藤輝基ばりの山田の〝喩えツッコミ〟の伏線が鮮やかに回収され、意外なかたちで感動をもたらすラストは見事。
異世界転生ものは毎年ネット上で何万作と書かれているが、本書のポイントは異世界転生ではなく現世転生だということ。舞台が学校である以上、年度が替われば生徒は入れ替わり、理想のクラスの生徒たちもバラバラになってしまう。止めることのできない時の流れの残酷さと、いつまでも年をとらない(時が止まったままの)〝死んだ山田〟の悲哀。笑いと涙に包まれるユニークな青春小説だ。
『死んだ山田と教室』
金子玲介
講談社
評者=大森 望