採れたて本!【デビュー#16】

採れたて本!【デビュー】

 ヤマモトショウと言えば、女性アイドル界隈では超有名な作詞家(作曲・編曲・プロデュースもこなす)。1988年生まれ、静岡県出身。東大理学部数学科を経て文転し、東大文学部の哲学科を卒業。もともと3人編成のバンド〈ふぇのたす〉でギターと作詞作曲を担当していたそうだが、僕が名前を覚えたのは、たぶん、〈フィロソフィーのダンス〉の代表曲「ダンス・ファウンダー」あたりから。最近で言うと、アイドル楽曲の年間ベストを決める「アイドル楽曲大賞」第11回(2022年)のインディーズ/地方アイドル部門で、ヤマモトショウが作詞・作曲・編曲を担当した2曲、FRUITS ZIPPER「わたしの一番かわいいところ」と、fishbowl「熱波」が同点でともに1位を獲得する快挙を達成している。前者は TikTok で盛大にバズって9億回も再生され、FRUITS ZIPPER に日本レコード大賞最優秀新人賞をもたらした。後者はヤマモトショウがプロデュースする静岡発のロコドルの新曲。まったくタイプの違う楽曲ながら、どちらも耳に残るフレーズと作りこまれた世界観が特徴だ。

 と、前置きが長くなったが、『そしてレコードはまわる』は、そのヤマモトショウの小説家デビュー作。

 作詞家が書いた小説と言えば、古くは阿久悠『殺人狂時代ユリエ』から、最近では芥川賞候補にもなった児玉雨子『##NAME##』まで多くの前例があるが、『そしてレコードはまわる』は、意外にも、いわゆる〝日常の謎〟系の連作短編ミステリー。note に公開していた4編に書き下ろし1編を追加した全5編から成る。いまの日本の音楽業界を舞台に、著者自身を思わせるような男性作詞家・猫宮がホームズ役、メジャー系レコード会社(どう見ても千代田区六番町のソニー・ミュージック風)の新米ディレクター、渋谷かえでがワトソン役を務める。

 二人が初めて出会う第一話「恋の作法」では、かえでの大学時代の恩師が遭遇した不可解な謎が焦点になる。紅白にも呼ばれたボカロP出身の超人気シンガーソングライター(米津玄師風?)の新曲が、子供時代に自分が作った曲と歌詞もメロディもそっくりだというのである。この謎を解くのが天才作詞家・猫宮。はたしてこれは盗作なのか、だとすればいつどうやって盗まれたのか?

 ミステリー的な解決にそれほど意外性はないが、音楽制作舞台裏のディテールと業界への問題提起を適度に混ぜながら、納得感のある結末へと読者を導いていく。

 続く「ユーレイゴースト」は、人気シンガーソングライターの楽曲のゴーストライターをめぐる謎を出発点に、音楽作品を作るとはどういうことなのか、そもそも音楽作品とは何なのか、作曲家は何を〝作る〟のか──という根源的な問いに踏み込む。こういう哲学的な議論が随所にはさまることで、本書はよくあるお仕事小説と一線を画している。

「深い海」は、新たに結成された静岡発の5人組アイドルグループのメンバーがとつぜん現場に来なくなるのが発端。fishbowl の舞台裏を連想させつつ、当節アイドルビジネス事情が描かれる。

「夜船」は、京都の鴨川べりで毎日1曲ずつ新しい曲を歌う天才的なストリートシンガーの話。かえでは彼女をスカウトして自社からデビューさせたいと声をかけ、名刺を渡すが、先方はなぜかまったく興味を示さない……。

 巻末の書き下ろし「再開」は、10年ほど活動を休止していたバンドの再結成がテーマ。ふぇのたすの復活ライブが発想のきっかけになったらしいが、ここでもバンド再結成事情あるあるが赤裸々に語られる。

 偶然に頼りすぎていたり、オチが物足りなかったり、ミステリー短編的に見ると弱点も目につくものの、音楽小説としてはたいへん魅力的。作詞家・ヤマモトショウを知らない人もぜひ手にとってほしい(じっさい僕自身も、この小説を読んだことをきっかけに fishbowl の魅力に目覚め、いま YouTube でライブ映像を漁ってます)。

そしてレコードはまわる

『そしてレコードはまわる』
ヤマモトショウ
幻冬舎

評者=大森 望 

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