採れたて本!【デビュー#17】

採れたて本!【デビュー#17】

 坂崎かおるのデビュー作品集がついに刊行された。

 2020年に第1回「かぐやSFコンテスト」審査員特別賞を受賞して以来、坂崎かおるは第28回三田文学新人賞佳作、第1回『幻想と怪奇』ショートショート・コンテスト優秀作、ブンゲイファイトクラブ3準優勝、第6回阿波しらさぎ文学賞大賞(のちに辞退)……などなど多数の短編賞を受賞。2024年3月には(まだ単著が出る前だというのに)第77回日本推理作家協会賞短編部門の候補にも選ばれている。まさに恐るべき新人と言っていいだろう。

 ウソだと思うなら、本書収録作のひとつ「ファーサイド」がネット上で無料公開されているので試しに読んでみてほしい。これは、第1回「日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」で、正賞にあたる日本SF作家クラブ賞に輝いた作品。書き出しが指定されているのがこのコンテストの特徴で、第1回の応募規定は、『朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。』から始まる1万字以内の小説──というものだった。

 坂崎かおるはこの書き出しから世界終末時計を導き、アポロ計画、ジョン・F・ケネディ、キューバ危機、公民権運動とアメリカの現代史をなぞりつつ、現実とは違う世界線(Dと呼ばれるロバに似た知的種属が多くの家庭で使役されている)の1960年代を構築し、SFならではの手法で人種差別に切り込んでゆく。

 第3回「百合文芸小説コンテスト」のSFマガジン賞を受賞した「電信柱より」は、女性主人公が路地裏に立つ一本の電信柱にどうしようもなく恋をしてしまう話。百合文芸のコンテスト応募作なので、当然のことながら相手の電信柱は女性。人間と人間ならざるものとの恋という意味では異類婚姻譚の一種とも読めるが、あくまでもそれを百合文芸として書き切ったところがポイント。

 第1回「かぐやSFコンテスト」審査員特別賞の「リモート」は、六本脚の筐体を使って中学校にリモート通学するサトルをめぐる掌編。あっと驚くどんでん返しをフィーチャーした学園ミステリとしても秀逸だ。

 しかし、本書のベストワンに推したいのは、書き下ろしの新作中編「私のつまと、私のはは」。小説の核になるのは、大中小の大福餅をくっつけたようなシンプルな筐体にARを重ねて赤ん坊のように見せる「子育て体験キット〈ひよひよ〉」。その試作品を提供された同居中の女性カップルが育児をめぐって対立、やがて……というリアルで切実な物語に、これまたショッキングなオチがつく。今年の日本のベスト短編に数えられる傑作だ。

 表題作「噓つき姫」は第4回「百合文芸小説コンテスト」の大賞受賞作。「一九四〇年、わたしたちは噓つきだった」という一文で始まり、過酷な戦争の時代を生き抜いた二人の少女、マリーとエマを主人公に、生き延びるために噓をつくしかなかった人々の悲しみを切なく鮮やかに描き出す。

 前半がSF、後半が百合小説という構成だが、全9編、ハズレなし。ジャンルに関係なく、すべての小説好きにおすすめしたい驚愕の第一短編集だ。

嘘つき姫

『嘘つき姫』
坂崎かおる
河出書房新社

評者=大森 望 

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