◎編集者コラム◎ 『遙かなる城沼』安住洋子
◎編集者コラム◎
『遙かなる城沼』安住洋子
誰もが、ふとした拍子に生まれ育った土地の風景を思い出すことがあるのではないしょうか。自分の成長とともにあった景色は、甘い思い出も苦い経験も全てを見守ってくれていました。
この『遙かなる城沼(じょうぬま)』は、群馬県の館林を舞台にした時代小説です。今も残る城沼が、主人公や友人たちの心の故郷として描かれています。この城沼には、館林を守っている青龍がいると言われています。そして、心の中の青龍を育てれば、いつか城沼の青龍にも会えるだろう、一人ひとりが館林を守る青龍になれるだろう、と。
江戸時代の館林藩士である村瀬家の長男惣一郎が主人公です。惣一郎は秀才の弟・芳之助、剣の才を持つ妹・千佳と塾や道場に通うのが苦痛になっていました。兄としてふがいない思いになっていたのです。藩校に通うことになった芳之助を快く思わない寿太郎たちに殴られて帰宅した惣一郎と芳之助。幼馴染みだった寿太郎は、その後離れていきました。
そして、父の左手にある刀傷が藩を二分するお家騒動とも関わっていることがわかり、村瀬家もその渦中に巻き込まれていきます。父の病、筆頭家老の殺害、館林から浜田への国替え、窮地に陥っている友からの文──。
このあたりを、解説の立川談四楼さんが見事に書いて下さいました。
〈(惣一郎たち)三兄妹の成長が丹念に描かれます。仕事を得、結婚し、子を生すまでです。それぞれが、交流の中で得る友情も欠かせません。特に、惣一郎、梅次、寿太郎のそれは特別で、私は山本周五郎が描く世界を鮮烈に思い出しました。それらの物語の芯をお家騒動が貫きます。藩が真っ二つに割れ、さあどちらにつくかと、村瀬家もその権力闘争に巻き込まれます。その中で父源吾の秘密が浮かび上がります。そうかそういうことだったのかと読者は得心し、安堵もし、人としてどう生きるかを自ら問うわけです。〉
本書は、主人公を始め若い登場人物たちが、生き生きと描かれた青春時代小説です。そして、特別の才覚がないことに悩みながらも誠実に生きる男の成長を描きながら、ひたむきに生きることの大切さを謳い上げた作品です。
安住洋子さんは、デビュー作『しずり雪』が書評家に絶賛され注目されました。その後、それほど多くはありませんが、一貫して人との絆を描く時代小説を発表されています。
しみじみとした情感に、読後きっと満たされることでしょう。