翻訳者は語る 鴻巣友季子さん

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第17回
翻訳者は語る 鴻巣友季子さん

 一九三六年の刊行以来、世界中で読み継がれているM・ミッチェル『風と共に去りぬ』(以下GWTW)。四年前に新訳を発表し新たな命を吹き込んだ鴻巣友季子さんは、翻訳に取り組む前後でこれだけ印象が変わった作品は初めてと言います。「世紀のロマンス小説」の真の姿とは? その発見をまとめた選書『謎とき『風と共に去りぬ』―矛盾と葛藤にみちた世界文学―』について聞きました。

〈言葉の当事者になってわかったこと〉

 執筆のお話を頂いたのは、新訳版GWTWが刊行される二ヶ月前。亀山郁夫さんの『謎とき『悪霊』』などがある選書シリーズの一冊ということでした。今までのGWTWの研究には歴史的背景や社会的意義を掘り下げるものはたくさんあるので、テクスト分析、つまり「何が描かれているか」ではなく「どう描かれているか」を本書で論じようと思いました。

 これまでも『嵐が丘』『灯台へ』などの新訳を手がけましたが、訳してみてこれほどイメージが変わった作品は初めてです。愛読書のひとつとしてそれなりにわかっているつもりでしたが、言葉の当事者となってみて、初めてわかることがたくさんありました。第三者視点と、激情型ヒロインのスカーレット視点とが自在に変わる「地の文」の文体の斬新さ、キャラクター造形の深さなど、発見の連続で驚かされました。選書の中で引用した著者の手紙の数々も、既訳があるものでも全部自分で訳し直したことで、本作を見直すのに大いに役立ちました。

〈「任侠の親玉」みたいなメラニー〉

 翻訳前は気にとめなかった描写が引っかかり、深く考えさせられたこともあります。例えば、喪服のスカーレットがレット・バトラーと踊る、有名なバザーのシーン。レットがスカーレットの義妹メラニーとほぼ初めて会話をするくだりで、彼女の瞳を覗き込んだレットの表情がにわかに一変する、という描写があります。原文では〈the bottom of her eyes〉、つまり瞳の奥の奥まで覗き込んだとあります。彼がメラニーの瞳の奥に何を見たのか、なぜ表情を一変させたのか、いろいろ想像し、私なりの仮説を立てました。

 そのメラニーは、スカーレットと正反対の「控えめな聖女」のイメージが映画では強いですが、実は全然違う。スカーレットには「自分の意見も言えないばか娘」と言われますが、登場場面から婚約者のアシュリと対等に文学論を交わしています。人を操る力に長けた外交家で、邪なことを知らないどころか、街が分断された時、反対勢力には「アトランタではまともに歩けないようきちっとけじめをつける」と、任侠の親玉みたいな台詞まで口にする。今ではGWTWの真の主役はメラニーでは、と思っています。

〈翻訳は「現場の大工さん」〉

 今回つくづく感じたのは、翻訳は「大工さんみたい」ということ。理論で引かれた設計図を見て、現場の大工としては「こんな所に釘打てないよ」「柱少なすぎて危ない」みたいなことがありますよね。「設計図」に込めた著者の意図を考えて、答えが見つかる場合と見つからない場合がありますが、本作は著者がラストシーンから遡って執筆していることがカギではないかと思いました。それを踏まえて考えると、ラストと最初では人物造形が変化しているのでは、と感じるようになりました。

〈「南部スゲェ本」ではない〉

 選書を書いた最大の動機は、GWTW原作の面白さをもっと知ってほしかったことです。この本は、南部の奴隷制に支えられた白人社会を懐かしむセンチメンタルな「南部スゲェ本」では決してなく、よく言われる「人種差別小説」でもなければ、クー・クラックス・クランを賛美する「右翼小説」でもない、ということです。例えば、主要人物のスカーレット、アシュリ、レット、メラニーは、各々の理由で全員戦争に反対している。奴隷制度やKKKが登場するけれど、きちんと読めば著者がむしろそれを批判的に描いていることがわかります。

 最近は米国をはじめ、世界中で分断や差別が強まっています。GWTWの舞台となった一八六八年以降の米国再建時代と共通するものもあり、まさに今こそ読んでほしいコンテンポラリーな小説です。

 選書では難しい論ばかりでなく、「萌え文学」「キャラ文学」としてのGWTW分析などもしています。かしこまった研究書ではなく、本編と一緒で読み物として楽しんでいただければ嬉しいですね。

〈次回作は『ロミオとジュリエット』〉

 二〇一九年、小学生新聞で『ロミオとジュリエット』の翻案を連載します。密かに注目しているのは、ロミオと友人の四人のボーイズ。彼らの愛憎関係は、BL含みの「萌え」かな、と。そこは掘ってみたいですね。古典中の古典ですからイメージをどこまで壊していいのか難しいところですが、そんなことも考えています。シェイクスピアは初めての挑戦で、名だたる研究者の方々にはまず先に謝っておきます(笑)。

鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)

1963年、東京生まれ。翻訳家。主な訳書にブロンテ『嵐が丘』、クッツェー『恥辱』、ウルフ『灯台へ』、著書に『全身翻訳家』『翻訳ってなんだろう?』など。

(構成/皆川裕子)
国際政治の舞台裏を読む『2019~世界と日本経済の真実 米中貿易戦争で日本は果実を得る』
◎編集者コラム◎ 『遙かなる城沼』安住洋子