◎編集者コラム◎ 『前の家族』青山七恵

◎編集者コラム◎

『前の家族』青山七恵


『前の家族』写真
舞台のモデル(?)となった青山さんの部屋でくつろぐ〝ちゃーこ〟さん。

前の家族』は、ある女性作家が中古マンションを購入したことから、世にも奇妙な出来事に巻き込まれていく物語だ。購入に至るまでの行動や気持ちの描写があまりに細やかでリアルなこともあり、初めて顔を合わせた喫茶店で、私は思わず青山七恵さんに「もしかしてこの話、実体験ですか」と訊ねてしまった。青山さんは「今住んでいる部屋が、まさにそうなんです。まだ前のご家族がいる状態での内見もさせてもらったし」と答えてくれた後、笑いながら言い添えた──「もちろん、この小説みたいなことは起こってないですよ」。

「この小説みたいなこと」の発端は、主人公の作家・藍が購入した部屋に以前住んでいた小林一家の幼い姉妹・ありさとまりが毎日のように押しかけて来ることから始まる。無愛想ながらも大人しく勉強やぬり絵をして過ごす姉妹を、藍はなんだかんだで受け入れ、一緒に過ごすように。そんな姉妹を母・杏奈が恐縮しながら迎えに来たことから、藍と小林一家の交流が始まる。火鍋パーティー、お泊まり会、リモートワーク、冷凍食品パーティー、小林家の新居に招かれ、催されるイベントは楽しげなことばかり。なのに、そこはかとなく漂う不穏な雰囲気は、一体何なのか。さらに一方で、藍が念願叶って築き上げたはずの理想の新居では、不気味なことが次々と起こる。じわりじわりと侵食してくる、幸福感と不穏な空気を堪能したあとで待ち受けるのは、藍が思いもよらない場所から眺めることになる、美しく、あたたかな、衝撃の光景だ。

『前の家族』を読むと、家は、もはや自分の身体の一部と言っても過言ではないと思う。だが、身体とは違い、家は時に持ち主を変える。書店員の高頭佐和子さんが本作に寄せてくれた解説は、前の持ち主がつけたであろう「謎の焦茶色の小さな汚れ」への違和感から始まる。ある友人は、前の持ち主宛に葬儀や墓石のパンフレットが届き続ける部屋で、「前々から狙っていたこのマンションにぽっと空きが出た理由」をつい想像してしまうと言っていた。この作品を読むと、良くも、悪くも、慣れ親しんだ自分の家の新たな一面を見つけてしまうかもしれない。

──『前の家族』担当者より

前の家族
『前の家族』
青山七恵
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