井上真偽『白雪姫と五枚の絵 ぎんなみ商店街の事件簿2』

井上真偽『白雪姫と五枚の絵 ぎんなみ商店街の事件簿2』

ホームドラマが書きたい


 ホームドラマが好きである。特にアメリカの昔のホームドラマが。『フルハウス』『ファミリータイズ』『大草原の小さな家』……。生粋の日本人家庭の生まれなのに、なぜか子供のころからこの手の洋ドラに惹かれた。家族と話題にした覚えもないので、周囲の影響でもない。理由はいくつかあるが、やはり一番は「幸福感」だ。少し変わった、けれど実在しそうな賑やかな家庭で、小さな事件が起き、皆が笑って泣いて怒ってドキドキして、最後は大団円。見終わったあとの温かさがたまらなく好きだった。

 だから作家になってからも、いつか自分なりのホームドラマを書きたいと思っていた。しかし哀しいかな、私がデビューしたのはミステリー、それも〝尖った作風〟を売りとすることで知られる賞。冒頭10ページ以内に死体が出ないと「展開が遅い」と言われかねない世界である。ホームドラマなど見向きもされないだろうと、この想いは長年封印してきた。

 そこに舞い込んだのが小学館さんからの依頼だった。「ぎんなみ」シリーズ1作目は「同じ事件と手掛かりから、2冊が異なる真相に辿り着く」という少し変わったコンセプトの作品で、逆に言えば、それさえ守れば舞台設定は自由。ここぞとばかり、商店街のホームドラマ要素を盛り込ませてもらった(それでも「1話目で人を殺してほしい」と言われたが)。

 こうして半ばどさくさ紛れに成立した1作目だったが、幸いにもホームドラマ要素は意外と好意的に迎えられたようで、多くの方に読んでいただき、続編まで出させていただくことになった。応援いただいた読者の皆さん、並びに書店員さんや関係者の皆さんには感謝しかない。

 そう胸を撫でおろす一方で、今の時代にホームドラマを書く難しさも痛感した。どこもかしこもポリコレ重視で、「お母さん食堂」にクレームがつくほどだ。不用意に「お袋の味」などと書けば、たちまち袋叩きに遭いかねない(実際、2作目では校正段階でジェンダー的な指摘が入り、台詞を大きく書き換えた箇所もあった)。

 少子化やジェンダーレス化が進む中、昔ながらの〝家族像〟は、もしかすると今が書ける最後の時期なのかもしれない。自分の中の家族像が時代遅れとなることに怯えつつ、それでも私はホームドラマを書きたい。これからも、自分なりの温かさを物語に残していければと思う。

  


井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身、東京大学卒業。『恋と禁忌の述語論理プレディケット』で第51回メフィスト賞を受賞しデビュー。『探偵が早すぎる』は2度連続ドラマ化され話題になる。著書に『ベーシックインカムの祈り』『ムシカ 鎮虫譜』『アリアドネの声』『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』『ぎんなみ商店街の事件簿 Brother編』『引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理』などがある。

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著/井上真偽

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