「推してけ! 推してけ!」第39回 ◆『ぎんなみ商店街の事件簿 Brother編』『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』(井上真偽・著)
評者=けんご
(小説紹介クリエイター)
かけがえのない読書体験が得られる「怪作」!
『アリアドネの声』(幻冬舎)という作品を知っているだろうか。2023年上半期に刊行された小説の中で、僕が最も感銘を受けた一冊だ。展開・トリック・登場人物の描き方、どこをとっても優れていた。
読後、考えたことがある。これから先、ここまでの傑作を生み出した著者が、一体どのような物語を創るのだろうか──その矢先だった。『アリアドネの声』と肩を並べるほどの小説が刊行されたのである。
それが『ぎんなみ商店街の事件簿』だ。「Brother 編」と「Sister 編」に分かれた二冊の小説であり、それぞれに合計三話ずつ収録された連作短編集である。一言で表現するならば、「怪作」だろう。僕は『アリアドネの声』とは全く違う形で、著者の井上真偽さんに対する敬意の気持ちでいっぱいになった。それはこの作品が、恐ろしいほどの労力と時間をかけて書かれていることが推測できるからである。この小説は、二冊が同時並行に進んでいく。「Brother 編」と「Sister 編」の第一話から第三話がそれぞれ連動しているのだ。
物語は寺の門前町として栄えた通り「ぎんなみ商店街」が舞台だ。「Brother 編」では元太・福太・学太・良太の木暮四兄弟、「Sister 編」では佐々美・都久音・桃の内山三姉妹を中心に物語が展開されていく。語り手であるそれぞれの視点人物は、次男である福太、次女である都久音だ。
「Brother 編」と「Sister 編」、どちらから先に読んでも全く問題ない。ただ、ここはあえて断言しよう。この二冊の小説は、章ごとに交互に読むべきだ。その理由は、一つの事件に対して、二つの真実が隠されているからである。
第一話を例にして具体的に説明していく。物語の序盤、交通事故が発生する。それは兄弟にも姉妹にも馴染みの商店に、車が突っ込むというものだった。商店にとっては、不幸中の幸いとでも言うのだろうか。正面のガラス部分は全壊したものの、店の中まで車が入ってくることはなく、店主も無事であった。しかしながら、運転手の男にとっては実に不幸な事故となってしまったのである。焼き鳥を食べながら運転していたため、エアバッグが膨れた拍子に串が喉に刺さってしまったのだ。即死であった。この事故は、兄弟・姉妹ともに大きく関わるものとなる。
まずは木暮兄弟について。末っ子の良太が事故現場に居合わせ、唯一の目撃者となったのだ。良太はまだ小学生だが、警察も事情聴取をせざるを得ない。しかし、良太は警察から逃げ回っていたのである。後ろめたいことでもあるのだろうか。それだけではない。後に事情聴取を受けた良太は、警察に対して不思議なことを話していた。事故のあと、助手席から人が出てきたのを見た──という目撃証言だ。その翌日も、どことなく良太の様子がおかしい。不審に思った良太の兄・福太と学太が、事故に隠された謎を探り始める。そこで待ち受けていた真実は……。
続いて、内山姉妹について。事故で即死した男は、長女・佐々美が派遣されている会社の正社員であった。それも事故当日に、佐々美は男と一緒に顧客訪問をしていたのである。事故発生後、どうやら小学生の目撃者(良太)が助手席から誰かが出てきたのを見たらしい。死亡した男は少し酒臭かったらしく、飲酒運転の可能性もあるようだ。だから助手席の人間が、自分も捕まることを恐れてこっそり逃げたのではないか──。警察は逃げた人間の足取りを調べ、佐々美にも聞き取り調査にきた。結果、佐々美が疑われることはなかったのだが、別の問題が発生する。次女の都久音についてだ。都久音が通う高校の友人がSNSをきっかけに、一連の事故のことを知っていた。それに興味を持つだけでは終わらず、独自調査をしようと言い始めたのだ。ある事情と秘密を持つ都久音にとって、友人二人がしようとしている調査は、実に不都合なことだった。こうなれば、自分で事件を解決して、興味津々の友人二人に真相を伝えるほかない。姉妹を協力させ、都久音は事故を探り始める。ただこの事故は、一筋縄にはいかない複雑なもので……。
このように、別々の目的を持った兄弟・姉妹が、それぞれ一つの事件を解決しようとする。それも、事件や手がかりは同じはずなのに、兄弟と姉妹では推理と真相がまるで異なるのだ。
にわかには信じ難いはずだ。僕自身もそんなことが可能なのだろうか、可能だとしても双方の物語で納得できる結末を生み出せるのだろうか、と思っていた。結果的に、今まで体験したことのない、かけがえのない読書体験となったのは言うまでもない。
もう一つ注目してほしいポイントがある。それは、登場人物の描き方だ。本作はもちろんのこと、井上真偽さんが描くキャラクターには、思わず愛してしまう要素がある。次の展開が気になる、いわゆるリーダビリティの高さの要因は、キャラクターに隠されているのではないだろうか。
もし可能であるならば、ぎんなみ商店街を舞台とした物語を、兄弟・姉妹たちのさらなる物語を読んでみたい。そう願っているのは、きっと僕だけではないはずだ。
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『ぎんなみ商店街の事件簿
Brother 編』
著/井上真偽
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著/井上真偽
けんご
1998年9月17日生まれ。福岡県出身、東京都在住。小説紹介クリエイター。TikTok や YouTube などで、わずか1分程度で小説の読みどころを紹介する動画を次々に投稿。作品の的確な説明と魅力的なアピールに、SNS世代の10代〜20代から絶大な支持を得ている。