多摩 凛『母にさよならを言えなくて』

多摩 凛『母にさよならを言えなくて』

作家のさがと母の死と


 3年前、母が自宅マンションから飛び降り亡くなりました。

 身近な人の死というのは、誰もが経験することだと思います。私の場合、祖母や叔父、それに若くして逝った従兄を見送ってきました。ですが、もっとも近い家族──両親が亡くなる時のことなんて、まったく想像できませんでした。頭が真っ白になるのか、悲しくてわんわん泣き叫ぶのか、はたまたもっと違う感情を覚えることになるのか。いずれにせよ、どこか遠い世界の出来事のように感じていました。

 一方で、母が自死をするかもしれない。それはある程度、予想の範囲にありました。「死にたい」が口ぐせだったし、特に最後の1ヶ月は心の病が悪化し、自殺未遂をして警察のお世話になりましたから。

 その原因を作ったのは、私に違いない。だって、母からのSOSを受け取っていたにもかかわらず、母の死を防ぐことができなかった。だからこそ、私が母を殺してしまった。母の死の直後はそう思い悩んでいました。そんな気持ちと矛盾するようですが、本作の帯には「母が死んだ。私は安堵した」というコピーが書かれています。これも偽らざる私の気持ちでした。このように様々な感情が渦まくとは、母の死を迎えるまで想像すらできないことでした。

 思い返せば作家のさがか、警察とのやり取りや救急搬送先での出来事など、その時点からこの体験を作品に残すべく行動が始まっていました。亡くなった2週間後には担当編集さんと打ち合わせをし、その更に2週間後には荒いながらもプロットが出来上がっていました。きっと、そうでもしていないと心のバランスを保てなかったのかもしれません。

 本作内でも大きく取り上げていますが、私の抱いた親不孝も甚だしい「安堵の念」というのも、専門家からすると自死遺族がよく抱く感情の一つに過ぎませんでした。そういったことが知れたのは、本作を執筆していたからこそです。本作の執筆は、どうやら私にとって未来への一歩を踏み出すために必要な作業だったようです。

 私はいくつもの小説を世に出してきた作家ですが、本作は今までとは違う私──多摩 凛のデビュー作ということになっています。理由は様々ですが、あまりにも自分の感情をさらけ出しすぎてしまったというのもその一つかもしれません。だから、この作品に関しては、私がこれまで何者であったかではなく、「多摩 凛」という一人の新人の物語として受け取っていただければ幸いです。

  


多摩 凛(たま・りん)
神奈川県在住の小説家。2023年、実母を自死で亡くし自死遺族をテーマにした小説『母にさよならを言えなくて』の執筆を決意。多摩 凛名義では本作がデビュー作。その他、別名義で著書多数。

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『母にさよならを言えなくて』
著/多摩 凛

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