北村みちよ『わたしの手をとって』

北村みちよ『わたしの手をとって』

名もなき女たちに寄り添った物語


 本書『わたしの手をとって』は、実在の訴訟事件「レルフ対ワインバーガー訴訟」に大まかな着想を得た長編小説です。公民権運動が一段落した1973年。米国アラバマ州モントゴメリーで、アフリカ系アメリカ人の14歳と12歳のレルフ姉妹が、連邦政府から資金提供を受けた家族計画クリニックによって、本人の同意なしに不妊手術を受けさせられました。姉妹側が提訴し、最終的に訴訟はワシントンDCの連邦裁判所に持ち込まれました。

 この事件を知って衝撃を受けた著者ドーレン・パーキンズ=バルデスは、3年にわたって取材を重ねて関係者から話を聞きましたが、当時クリニックで働いていた看護師の証言は得られなかったため、そこで働くのはどんな心境だったかを想像してシヴィルら看護師のキャラクターを作り上げました。そのシヴィルこそ、本書の主人公です。

 物語は、2016年、産婦人科医のシヴィルが、23歳の新米看護師だったころの出来事を養女に語るところから始まります。初めて担当した患者である13歳と11歳の姉妹エリカとインディアに、避妊注射をしようと農場の掘っ立て小屋を訪れたところ、姉妹は、父親と祖母とともに貧しい暮らしを送っていました。そんな一家に同情してシヴィルはあれこれ面倒を見ますが、いつしか彼女たちは、シヴィルにとって、患者とその家族以上の存在になっていくのです……。

 本書と出会ったわたしも、こんな事件が実際にあったことにショックを受けるとともに、自分の身体について他人が決定することに対して、同じ女性として怒りを覚えました。折しもわが国でも、2024年夏、最高裁大法廷が、旧優生保護法に基づく強制不妊手術を受けた原告らが起こした訴訟で違憲判決を下しました。そこで、ぜひ本書を日本の読者にも紹介したいとの思いに駆られたのです。

 でも、わたしがこの小説に惹かれた理由はそれだけではありません。タイトル『わたしの手をとって』(原題:Take My Hand)からもおわかりのように、愛にあふれた優しい物語だからです。自身が犯した過ちを悔いながらも幼い姉妹のために闘おうとするシヴィルをはじめとした看護師たち、彼女を支える弁護士や幼なじみ、そして姉妹を必死に守ろうとする父や祖母。訳している最中も、そんな人びとの姿に何度も心を揺さぶられました。

 読者のみなさんは本書をどのように受け止めてくださるでしょうか。緊張しながらも、楽しみに待ちたいと思います。

  


北村みちよ(きたむら・みちよ)
英米文学翻訳家。鎌倉市出身。東京女子大学文理学部英米文学科卒。訳書に、イーデン・ロビンソン『モンキービーチ』、マリア・センプル『バーナデットをさがせ!』(以上彩流社)、パット・バーカー『トロイの女たち』『女たちの沈黙』(以上早川書房)、ウィルキー・コリンズ『ウィルキー・コリンズ短編選集」(編訳、彩流社)、ジョン・ラッセル『エーリヒ・クライバー 信念の指揮者、その生涯』(共訳、アルファベータ)など。

【好評発売中】

わたしの手をとって

『わたしの手をとって』
著/ドーレン・パーキンス゠バルデス 訳/北村みちよ

ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記 ☆2026年6月後半★
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