桂 歌蔵『いけない噺家』

取るに足らない落語とて、噺家は人生かけて高座に臨む
「落語を題材にした小説書いてくれませんか? 人情噺のように泣ける作品を」
そんな依頼を受けたのが2024年12月。
実はその数年前より、私は某出版社の小説誌に数本の読み切り短編を発表していた。だが、4本目の作品の掲載直後、編集部の体制が変わり、まとめた短編集を刊行する企画は頓挫してしまった。
いや、そう簡単にはあきらめきれない。小学館の旧知の編集者に相談し、文芸編集部を紹介してもらったのである。
対面した編集長の第一声。
「作品を読みました。うちが求めているのはこれではありません」
意気消沈、いや、撃沈。だが、編集長は意外な言葉を口にする。それが冒頭の台詞である。困惑する私に畳みかけるように編集長はこういった。
「これらの短編作品はもう世に出ています。新しい作品を生み出してください。いつまでも待ちますから」
腹は決まった。帰りに武者震いがしたほどだ。いつまでも待つ。その言葉に甘え、熟考し、改稿を重ね、物語を紡いでいった。名作といわれる数々の落語に寄り添ってもらいながら、あらすじを練り上げていった。
落語は深い。滑稽噺から怪談噺、人情噺まで、すべての喜怒哀楽が詰め込まれている。それらがすべて口伝として現代まで継承されてきた。荒唐無稽なファンタジーのような内容の上、すべては夢だったというオチでも、なぜ聞き手は惹かれるのか。演者の力量だけではない、心を揺さぶる何かが潜んでいる。
その凄みをなんとか小説として読者に伝えることはできないか? あくまで重い感じではなく、軽い語り口で。だが決して軽薄ではない。読後は、極上の噺を聞いた後のような気分に浸れる、そんな小説を。
拙さゆえ、行き詰まりは多々あった。その際の気分転換は、名人と謳われた師匠方の高座音源、そして愛をテーマにした洋邦楽の名曲に耳を傾けることだった。とにかく落語への恩返しのつもりでこの作品を書きあげた。
将来の名人と目されながらも夭逝していった噺家、また寄席等で常連客を唸らせていたいぶし銀のような噺家、世に出たとは言い難い、寄席の端席に埋もれていった先人たちにこの作品を捧げたい。
落語通の方、未知の方、落語に興味がある方、ない方、とにかく多くの方々が手に取ってくださることを心から願ってやまない。
桂 歌蔵(かつら・うたぞう)
1964年大阪府生まれ。92年桂歌丸に入門、2005年真打昇進。17年に赤羽萬次郎賞優秀賞、藤本義一文学賞特別賞を受賞。得意噺は滑稽噺や人情噺。著書に『よたんぼう』『廓に噺せば』など。

