今月のイチオシ本【ミステリー小説】

『原因において自由な物語』
五十嵐律人

原因において自由な物語

講談社

「彼女を殺すために、僕は廃病院の敷地に足を踏み入れた」という穏やかではない一文から始まるプロローグ。その最後で、思わず読み返してしまうほど目を惹く謎が提示される。それを成したことで、なぜ「これで、彼女を殺せる」のか?

 五十嵐律人『原因において自由な物語』は、年末の各種ミステリランキングに軒並み挙げられるなど大いに話題を集めた第六十二回メフィスト賞受賞作『法廷遊戯』(二〇二〇年)で華々しいデビューを飾った新鋭の三作目である。

 物語は前述のプロローグを経て、男子高校生──佐渡の一人称で進んでいく。顔写真をアップロードすると『顔面偏差値』が表示されるアプリ「ルックスコア」が爆発的にヒットしたことで、彼は容姿にまつわるいじめを受けており、ほかにもワケあり生徒が転がり込んでいる写真部での日常が描かれる。

 章が変わると今度は、文学賞の候補や映像化にも恵まれている売れっ子ミステリ作家──二階堂紡季の一人称になり、誰にもいえない彼女の秘密が明かされる。

 一見バラバラな各エピソードにどのような接点があるのか、そしてある箇所で飛び出すプロローグ以上に強烈な謎がさらなる牽引力となり、読み手を先へ先へと急がせる。だが、こうしたミステリとしての巧みな話運びは本作の魅力の一部分に過ぎない。

 デビュー時は司法修習生、現在は現役の弁護士である著者は、リーガルミステリに青春小説の要素を融合することで、独自の作風を打ち出してきた。本作にも法律事務所で働く人間が顔を出すなど、そのテイストは引き継がれているが、これまでの作品と大きく異なるのは、物語を手掛ける創作者の想いが深くまっすぐに込められている点だ。

 終盤、ある登場人物の言葉は、そのまま著者の決意表明とも受け取れる。苦悩する若者に注ぐ法曹の眼差しと、物語の力を信じて紡ぐ小説家の覚悟は、ミステリ愛好者に限らず胸を熱くさせることだろう。『原因において自由な行為』という法律構成をもとにした本作タイトルの真意にも、ぜひご注目いただきたい。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉

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