今月のイチオシ本【デビュー小説】

『法廷遊戯』
五十嵐律人

講談社 本体1600円+税

 現在の日本を舞台にしながら、リアルな法廷シーンで、あっと驚く鮮やかなどんでん返しを決めるのはむずかしい。せっかく裁判員制度が始まったというのに、それと同時に〝公判前整理手続〟が導入された結果、裁判の争点も証拠も、法廷の外で、あらかじめオープンになってしまうことに。いまや、ドラマの主戦場は、むしろ法廷の外にある。新しい証拠や思いがけない証人をいきなり法廷に持ち出して大向こうをうならせることは至難の技なのである。

 デビュー作であるにもかかわらず、この高いハードルに挑んでみごとに跳び越えてみせたのが、五十嵐律人のメフィスト賞受賞作『法廷遊戯』。同賞受賞作ではたぶん初めての法廷ものだが、圧倒的な前評判を背景に、発売たちまちベストセラーとなっている。

 物語の主役は、同じ児童養護施設で育った久我清義と織本美鈴。二人が籍を置く法都大ロースクールは、過去5年間、卒業生がひとりも司法試験に合格しておらず、〝底辺ロースクール〟と嘲笑されている。経済的な事情からやむなくここを選んだ二人は勤勉な優等生で、いまや学校全体の期待を担う。その二人以上に優秀なのが、在学中に司法試験に合格した結城馨。彼を審判者として、最終学年の21人の間で行われている「無辜ゲーム」が、小説前半の核になる。

 これは、告訴者(被害者)が証人に質問し、それによって犯人を特定し、犯行を立証していくという一種の模擬裁判で、この〝法廷遊戯〟を通じて主役たちの過去に関する情報が読者に与えられ、周到に伏線が張りめぐらされてゆく。

 小説の後半では、主要登場人物3人が、殺人事件の被害者と被告人と弁護人になり、本物の法廷で意外な真実が明かされることになる。現代日本の裁判制度の枠内で、アガサ・クリスティー『検察側の証人』ばりの逆転劇に挑む野心作だ。

 著者は1990年、岩手県生まれ。東北大学法学部を卒業して司法試験に合格、現在、司法修習生のかたわら小説を書いているという。法廷ミステリの世界に頼もしい新人が出現した。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2020年9月号掲載〉
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