思い出の味 ◈ 五十嵐律人

第45回

「まかない・スパイス」

思い出の味 ◈ 五十嵐律人

 大学生の頃、働いて、辞めて、働いて、辞めてを、とあるイタリアンレストランで4回繰り返した。働いた総日数は約3年半。何度も辞めた理由は、よく覚えていない。勉強に集中したいとか、そんなつまらない理由だった気がする。

 大学生がアルバイトをする理由はさまざまだと思うけれど、僕の場合は単純に遊興費がほしかったからで、飲食店を選んだのは、まかないで食費を浮かせられると思ったからだ。

 イタリアンレストランだから、パスタを作ってもらうことが多かった。お客さんに提供するものではないので、見栄えは重視されない。余った食材を組み合わせて、忙しいときは厨房から露骨に迷惑そうな視線を向けられる。それでもプロが作るだけあって、味は間違いない。

「まかない風○○」みたいなメニューを見かけることがあるが、やっぱりまかないは、仕事の合間や終わり際に食べるからこそ、美味しさが際立つのだと思う。致命的なミスをしたときは、パスタすら喉を通らない。休憩する暇もないときは、厨房の裏でレッドブル片手に流し込む。抜群のチームワークでピークを乗り越えたときは、休憩室で和気あいあいと大皿を囲む。

 まかないで出た具だくさんのペペロンチーノの味は、仕事の思い出とセットで記憶に残っている。

 ある日、大量のピザがまかないに出たことがあった。新人のアルバイトが先輩から作り方を教わって、練習を兼ねて焼いたものだった。形は不格好で、ところどころ焦げていた。きょろきょろしながら感想を待っている新人。にやにやしながら切れ端を持ち上げる先輩。ピザの味は忘れたけれど、その光景はいつまでも覚えている気がする。

 アルバイトをしていたのは、もう何年も前のことだ。弁護士や作家として生計を立てていく限り、本当の意味でのまかないを食べられる日は、この先もう訪れないだろう。

 それでも恋しくなったときは、「まかない風○○」を頼んで、足りないスパイスは記憶で補えるか試してみよう。

 

五十嵐律人(いがらし・りつと)
1990年、岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。弁護士。2020年、『法廷遊戯』でメフィスト賞を受賞し、作家デビュー。近著に『不可逆少年』がある。7月に最新作『原因において自由な物語』を刊行予定。

〈「STORY BOX」2021年7月号掲載〉

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