古矢永塔子『七度笑えば、恋の味』
普通のジジイ
第一回日本おいしい小説大賞受賞作『七度笑えば、恋の味』を出版するにあたり、初めに上がった議題が「七十二歳と二十八歳の間に恋は生まれるのか」だった。小学館での初めての打ち合わせで、担当の幾野さんは、同席していたもう一人の女性編集者と私にたずねた。
「実際どうですか? 七十二歳の男性との恋愛は」
「石坂浩二ならありだと思います」
「舘ひろしならありです」
そう答える私達に、幾野さんはきっぱりと言った。
「石坂浩二や舘ひろしのような七十代は、僕達の住む世界には、いません」
夢も希望もない。
だが現実である。
もしもふらりと立ち寄ったコンビニに舘ひろしがいて、レジで肉まんを買いながら「え? 酢醤油と彼氏(辛子)? 彼女なら連れて帰ろうかな、ハハッ」と白い歯を見せ笑っていたら、私は失神すると思う。
「でも僕は、年齢差はこのままでいいと思います」
力強い言葉にほっとした。「年齢差を大幅に縮めるか、恋愛要素をぼかしましょう」等の提案がなされるものだと思っていたからだ。
「でも相手役は、どこにでもいる普通のジジイ(原文ママ)にしてください」
「えっ」
「イケメンでもダンディでもない普通のジジイが、二十八歳の○○(ネタバレのため伏字)に惚れられるところにインパクトが出ると思うので」
確かに、と頷き、メモを取りながら、このときかすかな引っかかりを感じた。しかしその正体について、はっきりとは把握できなかった。
打ち合わせを終え電車に乗り、東京の風景を眺めながら、ひとまず大幅な改稿はなさそうでよかった、とほっとした。
まずは主要人物である七十二歳の老人を、普通のジジイに直すところからだ。応募時点では、正体が謎に包まれながらも実はハイスペックな三高老人という設定だったのである。
しかしそこで、ふと気付いた。イケメンでもダンディでもない、黄門様でもあぶデカでもない普通の七十代に、二十代の○○が恋に落ちるのか? と。
打ち合わせに使ったノートを見直すと、「リアリティと説得力」という幾野さんのさらなるアドバイスが、私の汚い字で書き殴られていた。「ひっ」と声が漏れた。
普通のジジイと二十代の女性の、リアリティと説得力のある恋愛……! とんでもないことになった。胸をなでおろしかけていた手で頭を抱えた。
果たして、度重なる改稿の上、私はこの難問を突破することができたのか? その答えを、ぜひ本作のページをめくって確かめていただきたく願っている。