古矢永塔子『初恋食堂』

古矢永塔子『初恋食堂』

「かっこいいジジイ」


 本作『初恋食堂』は、2019年に第1回日本おいしい小説大賞を受賞し刊行された『七度笑えば、恋の味』を改題し、加筆修正したものだ。単行本発売時に巻かれた帯には「44歳差の恋、始まる!?」とある。主人公・桐子が出会うのは、彼女が働く高齢者向けマンションの住人・匙田譲治。彼が作るおいしい料理の数々に、固く強張った桐子の心は次第にときほぐされてゆく……という内容だ。当時手に取ってくれた方の多くは「44歳差はさすがに……」と躊躇したようだが、最終的には「匙田さんに限ってなら有りです!」とのありがたい声をよせていただいた。

 あれから4年。最近では、デビュー版元以外の編集者さんともお話しする機会が増えた。最初のご挨拶ではデビュー作の感想をもらうことが多いが、なかでもよく言われるのが「古矢永さんは魅力的なシニアを描くのが上手ですね」もとい、「かっこいいジジイを書くのが上手いですね!」だ。「ジジイ」呼びについては、本作で匙田さんが頻繁に「ジジイ」を自称するため、親しみをこめて呼んでくれているのだと思う。余談だが、今回の文庫化にあたる改稿で、作中に「ジジイ」と「じじい」、「じいさん」と「ジイさん」が混在し、語句の統一に苦労した。「ジジイ→〇」「じじい→×」とメモした付箋を眺めながらゲラをチェックした作家は、私くらいではないだろうか。

 もはや改めて宣言するまでもないが、私は昔から、かっこいいジジイが好きだ。同級生がアイドルグループや少女漫画の中の男の子に熱を上げているとき、私が夢中になっていたのは、父や祖父が観ていた「仁義なき闘い」や「男はつらいよ」、遠山の金さんに次元大介である。作中で匙田さんが言う「恰好がつかないくらいなら死んだ方がマシ」には、私の思うヒーローのかっこよさがみっちり詰まっている。何しろかつて私がときめいた相手は、恰好がつかないくらいなら切腹するし、ハジキや日本刀を持ってかちこみをかけるし、大事なことは口ではなく、背中で語る。もちろん現実には、恰好が悪くても生き延びてもらわないと困る。夫には、有事の際にはなりふり構わず生き延びることだけを考えて、と伝えているし、背中を眺めて察しろなどど言われたら「は? 何も書いてないんですけど!?」と声を荒らげたくなるだろう。男のニヒルやダンディズムと日常は、相性が悪い。だからこそ、小説の中でだけでも、かっこいいジジイを楽しんでいただければ、と思っている。

 


古矢永塔子(こやなが・とうこ)
1982年青森県生まれ、高知県在住。弘前大学卒業。2019年『七度笑えば、恋の味』で第一回日本おいしい小説大賞を受賞した。他の著作に『今夜、ぬか漬けスナックで』『ずっとそこにいるつもり?』などがある。

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初恋食堂

『初恋食堂』
著/古矢永塔子

◎編集者コラム◎ 『ザ・ロング・サイド』ロバート・ベイリー 訳/吉野弘人
『超短編! 大どんでん返し Special』ならこれを読め! 書店員の〈推しどんでん〉ベスト3 ∵ 第2回