亀泉きょう『へんぶつ侍、江戸を走る』
へんぶつによる、へんぶつの物語
この本が完成し、編集者の方が届けに来て下さった日。
駅前の建物のロビーで待ち合わせたが、わたしは案の定、道に迷ってしまった。
逆方向に歩いていたことに気がつき、同じ道をもどり、16分遅れで到着。
「日常生活、大変そうですね……」
編集者さんには、そう労わって(?)いただいた。
子供のころからの方向音痴。数々の失敗は、その場が済めば笑い話? いやいや、正直、社会生活上かなり不便になる。悪くすれば、周囲にも迷惑をかけてしまう。
「みんなとおなじ」にできたらいいのにな、と思う。
この『へんぶつ侍、江戸を走る』。
時は宝暦八年(一七五八年)。
将軍専属の駕籠かき「御駕籠之者」として仕える下級武士の明楽久兵衛は、剣術には長けているが、大首絵(現代でいうブロマイド)集めや下水道調べが好きな「へんぶつ」青年。「へんぶつ」ゆえに働いた悪気のない悪戯に端を発し、命を狙われる災難が降りかかる。
呑気な日常が一変、次々に勃発する危機の中、次第に共感や正義に目覚めていく久兵衛が至りつく先とは。そして「もう一人のへんぶつ」の登場は、どう関わってくるのか──。
「へんぶつ(変物)」は、「変わり者」という意味。
著者のわたしも、たぶんその部類である。
……なんて、独白してみましたが、それが素晴らしい特技であれ、ひとに呆れられるような部分であれ、「みんなとちがう」ところを持った人の話を書きたいという思いが、かねてからありました。
また数年前、江戸期を通して「唯一農民側が勝った一揆」と呼ばれる郡上一揆のことを知り、弱者の側から粘り強く交渉を続けた藩民の存在に心を惹かれました。
あまりスポットが当たることがないのですが、田沼時代前夜の「宝暦期」はとても面白い時代です。
歴史が好きな方、江戸の風物を楽しみたい方は、勿論。
ご自身を「へんぶつ」だと思っている方。「へんぶつ」に興味がある方。
ぜひ、主人公のへんぶつ侍・久兵衛と、宝暦の江戸を走って下さい。