作家を作った言葉〔第6回〕三浦しをん
小説って本当に自由ですごいものなんだなと痛感した最初の一冊は、丸山健二の『水の家族』だ。中学生のころに読み、だからといって「私も小説家になりたい!」とはまったく思わず、その後もボーッと日々を過ごしていたけれど、小説という表現方法の奥深さ、魅力に気づかされ、ますます読書大好き人間と化すきっかけになったのはたしかだ。
長じて私は小説家になったが、それは読書大好き人間すぎたせいで、就職活動に失敗したからだ。つまり、文章を読み書きするぐらいしか好きなこともできることもなく、もう必死こいて小説を書く以外に食べていく手段が見当たらなかった。そう考えるとやはり、『水の家族』に深い感動を覚えたのが、小説家になる遠因であったと言えるかもしれない。
『水の家族』は文章の力のみで、人々の営み、ひとの心に湧き起こるありとあらゆる感情と物思い、この世のうつくしく醜い情景をすべて描ききり、終盤ではついに宇宙規模で魂の解放を実現してみせる。小説表現の極致を追求した大傑作で、何度読んでも胸打たれ、ひれ伏さずにはいられない。登場人物全員、どこか過剰というか、常識や規範からはずれた部分があって、ほのかなユーモアと痛切さを纏いながら生き生きと躍動しているのも、「この小説が大好きだ!」と叫びたくなる一因だ。
力強い文章であるがゆえに一文が長く、抜粋には向かない小説なので、ぜひとも全編をお読みいただきたいのだが、はじめて読んだ中学生のときから私の心に鳴り響いているのは、たとえばこの言葉だ。
──誰もが初めから終わりまで、生きているあいだはむろんのこと、死んでからも完璧に解き放たれており、たとえ何者であろうとそれを妨げることはできない。──
三浦しをん(みうら・しをん)
1976年東京都生まれ。2000年、『格闘する者に○』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞、15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、18年刊行の『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、河合隼雄物語賞を受賞。
〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉