著者の窓 第2回 ◈ 三浦しをん 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

著者の窓 第2回 ◈ 三浦しをん 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

『まほろ駅前多田便利軒』『舟を編む』などの人気作品で知られる三浦しをんさんが、初の小説の書き方エッセイ『マナーはいらない 小説の書きかた講座』を刊行しました。小説を書くうえで大切なテクニックや心構えについて、三浦さんが自作を例にあげながら、フルコース料理仕立てで解説した一冊です。これまで明かされなかった創作の秘密に迫る実用書であり、思わず爆笑のエッセイ集でもあるこの本について、三浦さんにうかがいました。


顔が見える読者に向かって、語りかけた本

──新刊『マナーはいらない 小説の書きかた講座』は、三浦さん初の「小説の書き方」エッセイです。そもそもどのような経緯で誕生した本なのでしょうか。

「コバルト短編小説新人賞」というコンテストの選考を、「Cobalt」「WebマガジンCobalt」で十年以上やらせていただいたんです。二か月に一度、応募作を読んで編集部の皆さんとわいわい選考するというスタイルだったんですが、わたしは小説については暑苦しいオタクなので(笑)、こうすればもっとよくなるのにとか、こういう書き方になる時の書き手の心理といった話を、自分のことは棚に上げて毎回していたんですね。それを担当さんが面白がってくれて。投稿者へのアドバイスをWebで連載しませんか、という話になりました。

──コバルトといえば少女小説の老舗レーベル。投稿者は女性が多いのでしょうか。

 そうですね。ただ一定数男性もいますし、年齢もプロフィールも幅広いですね。子育てが一段落したので小説を書いている、という方もいらっしゃいます。応募作の内容も恋愛小説だけでなく、ファンタジーもホラーもあって間口が広いんです。投稿者に共通しているのは、コバルトの小説が好きで、よく読んでいるということ。その点普段の小説やエッセイと違って、はっきり読み手の〝顔〟が見える連載でした。それが同志に語りかけるような文体になって表れています。まさか単行本化してもらえるとは思っていなかったので、調子に乗ってふざけすぎたり、時おりドヤ顔をしていたりして恥ずかしいんですけど(笑)。

──三浦さんもデビュー前はこうした「小説の書き方本」をお読みになりましたか。

 こんな本を出しておいて申し訳ないのですが、一冊も読んだことがないんです(笑)。わたしは小説をはじめとする創作物全般が昔から好きで、大量の作品を浴びるように摂取するうちに、何となくフィクションのお約束が身についていたんですね。だから小説を書いてみようと思った時にも、それほど悩まずにキャラクターやストーリーを作ることができた。まったくの独学なんですよ。とはいえ書き方本が役に立たないということはありません。わたしも一冊でも読んでいたら、人称や時制の問題で「あれ、ここはどうなんだっけ?」といちいち立ち止まらずに済んだのにと思います。

物語には気持ちいいと感じるパターンがある

──〝アミューズブッシュ〟から〝食後酒〟まで、創作の秘訣をフルコース料理に見立てた全二十四皿(章)。一皿目のテーマは「推敲について」です。ここでは読者の目線になって作品を仕上げることの大切さが説かれていました。

 応募作はどれも情熱が溢れまくっているんですが、惜しいことに誤字脱字が目立ったり、内容と枚数が合っていなかったりする作品もあるんですよね。自作を愛することは大切ですし、その情熱に心を打たれるんですが、頭を冷やすことも大事だぞと。自分の書いたものを読み返すのはプロでもつらいですが、作品を一歩引いた目で眺めることは、読者のためにも、作品の完成度を高めるためにも必要な行為だと思います。

──「愛ゆえの鞭をびしばし自作にふるい、推敲に推敲を重ねましょう」と強調されていますね。

 自作が大切ならいっそう推敲するべきなんです。読み返してもどこをどう直したらいいか分からないという人は、もっと自分以外の人が作った作品に触れた方がいいかもしれない。まずはたくさん読んだり観たりして、その作品にどうして心が動かされたのかを分析してみる。すると自分の作品のどこが足りていないのかも、自然にジャッジできるようになります。直すべきところが分かっているけど実力不足でどうしようもない! という時は、ひとまず完成させて次作に取りかかりましょう。わたしもよくそうしますから(笑)。

著者の窓 第2回 ◈ 三浦しをん 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

──「短編の構成について」の章では、短編小説の構成には決まったパターンがあると書かれていました。型を知ることの大切さは、この本で何度も説かれていますね。

 書き始めた当初はつい肩に力が入って、型破りなものを作ろうとしてしまいますが、それは無茶だよと。脳の作りはみんなほぼ同じですし、喜怒哀楽という感情のパターンも共通しているので、「この話いいよね」と感動するポイントもある程度決まっているはずなんです。自分らしさは行間から自然と滲んでくるものですし、少なくともストーリー展開でそこまで独創性を出そうとしなくてもいいんじゃないでしょうか。

──実例として三浦さんの「星くずドライブ」という短編が、ほぼラストまで紹介されています。発想から完成までが詳しく解説されていて、とても分かりやすいです。

 一作まるまるネタバレをしてしまって、版元の担当さんから抗議がこないか心配ですね(笑)。この作品を書いた当時は、構成のパターンなんてあまり意識していなかったんですが、読み返してみるとしっかり常道を踏まえている。やっぱり人間が気持ちいいと感じるパターンには、普遍性があるんでしょうね。

大切なのは、小説への愛を持ち続けること

──「人称について」の章では、一人称と三人称の違いが書き手の立場から、ロジカルに解説されています。三浦さんの小説は、こんな風に作られていたんですね。

 意外と理屈っぽく作っているんですよ。特に人称や十六皿目で扱った情報提示のタイミングは、書き手としても読み手としても気になるポイントです。この連載で自分が小説のどこにこだわっているのか、あらためて整理されました。小説は才能やセンスが必要と思われがちですが、理屈でカバーできる部分も多い。特に人称の問題はそうなので、からくりを知っておいて損はないと思います。

──そのほか、「一行アキについて」「タイトルについて」など創作に関するさまざまな疑問をフォローしています。毎回テーマはどのように決めていたのですか。

 これを書きたいというテーマがある時は、相談もせずに書き始めていましたが、途中でネタが尽きてしまって。担当さんにも応募作の気になる点をあげてもらいました。「一行アキについて」も担当さんから提案されたテーマですね。言われてみると最近は、一行アキを多用した小説が多いなと。Webでの読みやすさを意識した新しい書き方なんでしょうけど、このテクニックに頼り切るのはよくない。一行空けたくなるところをぐっとこらえて、言葉で表現するのが小説なんだと思います。

著者の窓 第2回 ◈ 三浦しをん 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

──興味深かったのは、九皿目あたりから映画『HiGH&LOW』の話題が増えてくること。三浦さんがEXILEにはまっていくドキュメントとしても楽しめました。

 途中から明らかに様子が変ですよね(笑)。とにかくEXILE一族の話をしたくてたまらなかったんですが誰も聞いてくれないので、この連載で思いの丈を吐き出しています。それだけではまずいので、『ハイロー3』(『HiGH&LOW THE MOVIE3/FINAL MISSION』)から時制の問題を考えたり、無理やり小説にこじつけました。読者の皆さんには、こんな人でも作家になれるんだと思ってほしい。投稿作品を読んでいると、皆さんすごく真面目なんですよ。それはとてもいいことなんですが、もうちょっと肩の力を抜いて、楽しみながら書き続けてほしいと思います。

──小説を書くうえで、一番大切なことは何だと思われますか。

 情熱を維持することじゃないでしょうか。好きな作家さんの新作を夢中になって読んで、打ちのめされて、どうしてこんなに面白いんだろうと考えて。そういう心の動きを、どれだけ自分の中に持続させられるかだと思います。それは書く時も同じで、自分の書くものがどんなにがっかりな出来でも、小説って面白いなという気持ちをどれだけ持ち続けられるかだと思います。

──作家デビューから二〇二〇年で二十年、その情熱が消えかけたことはなかったのでしょうか。

 いやいや、もう風前の灯です(笑)。どうやら小説を読むのは大好きだけど、書くのはそんなに好きじゃないみたいなんですよね。でも適当に書き飛ばすようなことはしたくない。わたしは怠惰な人間なのでついつい楽な方に流されがちですが、そうするくらいなら書くのを止めた方がいいと思います。自分を律し続けること、好きなものに誠実であり続けることは難しいです。

──『まほろ駅前多田便利軒』『舟を編む』などの名作は、そうした誠実さの産物なんですね。

 そう言うとすごく偉そうですけど……、小説を書いていると苦しいこともありますが、楽しいこともありますから。焦らずに続けることが大事なんだろうなと思います。スポーツ選手と違って、年齢を重ねても伸びしろがあるのが小説のいいところで、感じたり考えたりしたことの蓄積がある分、むしろ中高年にしか書けない題材だってある。経験的に書き手としての情熱が燃え上がるのは、デビューから約十年間だと思います。六十歳でデビューしたら七十まで、七十歳でデビューしたら八十まできらきらした時期が続くので、焦ることは全然ないですよ。

好きな作品を推す、直木賞でも変わらない

──三浦さんはこれまで多くの文学賞の選考に携わり、二〇二〇年からは直木賞の選考委員を務めています。

 直木賞はまだ一回しか選考に携わっていませんが、他の文学賞とそれほど違いはないように思います。どの選考会もわたしが好きだと思った作品を、ひたすらに推す。それはコバルトでも直木賞でも変わりません。どんな選考会でも、選考委員全員の読みが一致することはまずありませんね。解釈も好みもびっくりするほど人それぞれ。そこが創作物のいいところでもあるんですよね。

──三浦さんご自身は、新人賞への応募経験はないそうですね。コバルトでの投稿者をどんな目でご覧になっていますか。

 新人賞って作家にとって、ホームみたいな側面があるんですよね。同じ賞からデビューした作家は、ライバルでもあるけど家族のような関係でもある。わたしは新人賞からデビューしていないので、出版業界にホームがある人たちがちょっと羨ましいんですよ。だからこそこの本を書いたんです。コバルトが好きで投稿を続けている人たちが、現実にコバルトをホームにできるお手伝いができればいいなと。わたしはコバルト家の近所に住んでいる、おせっかいなおばちゃんみたいな感じでしょうか(笑)。

著者の窓 第2回 ◈ 三浦しをん 『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

──小説を書いてみたい人はもちろん、読むのが好きな人にとっても読み逃せない一冊だと思います。この本を読んで、あらためて色々な小説を読み返してみたくなりました。

 ありがとうございます。それは嬉しいですね。書き方のテクニックが分かると、作家の意図も見えやすくなりますし、小説を読むことがもっと面白くなると思います。偉そうなことを言ってるけど、どんなものを書いているんだ、と思った方はわたしの小説も読んでみていただければと……。『風が強く吹いている』や『むかしのはなし』を、この本に掲載している創作ノートと読み比べると面白いかもしれません。書くことも読むこともあまり興味がない、という方もご安心ください。人はいかにしてEXILE一族にはまるのか、というドキュメントとしても、たぶんお楽しみいただけるんじゃないかと思います(笑)。


マナーはいらない 小説の書きかた講座

『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
集英社

 
三浦しをん(みうら・しをん)
1976年東京都生まれ。2000年『格闘する者に〇』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。ほかの著作に、『あの家に暮らす四人の女』(織田作之助賞)、『ののはな通信』(島清恋愛文学賞、河合隼雄物語賞)、『愛なき世界』(日本植物学会賞特別賞)、エッセイ集『のっけから失礼します』などがある。

(インタビュー/朝宮運河 撮影/田中舞)
「本の窓」2021年1月号掲載〉

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