週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.66 啓文社西条店 三島政幸さん
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『君のクイズ』
小川 哲
KADOKAWA
クイズプレイヤーの三島玲央は、第一回『Q-1グランプリ』のファイナリストとして、スタジオの解答席に立っていた。優勝賞金は破格の一千万円。決勝は一対一で七問先取の早押しクイズ、対戦相手は圧倒的な記憶力で頭角を現してきた本庄絆だ。決勝戦でもお互いに一進一退の攻防を続けていた。
スコアは本庄が追い付いて6-6のイーブン。次が文字通りの最後の問題だ。あと一問正解すれば、三島は優勝する。
「問題――」
と、次の瞬間、早押しボタンの点灯音が鳴った。自分が間違えて押してしまったのか? いや違う。本庄のランプが点灯したのだ。
しかし、まだ問題は一文字も発せられていない。ああ、やっちまったな、これは僕の優勝だ、と三島が思った瞬間、本庄が解答した。
「ママ. クリーニング小野寺よ」
三島は混乱した。本庄は緊張のし過ぎで意味不明な言葉を発したのか? しかし長い静寂のあと、正解を示すチャイムがスタジオに鳴り響いた。本庄絆は、一文字も読まれなかったクイズに正解し、『Q-1グランプリ』のチャンピオンに輝いたのだ。
小川哲さんの最新作『君のクイズ』は、こんな衝撃的なシーンで始まる。
普通ならあり得ない驚異の「ゼロ文字押し」での正解。そんなことが果たして可能なのか?
三島が(というより、誰もが)まず疑ったのが「ヤラセ」だ。本庄は問題を事前に知らされていたのではないか? ただ、三島本人は、最後の問題まで、ヤラセを疑っていなかった。本庄は正々堂々とクイズに対峙していたように思えた。最後の問題だけ知らされるなどということがあるだろうか?
次に、読者である私が想定していたのは、SF的展開だ。なにせ、著者が小川哲さんなのだから。
小川哲さんは『ゲームの王国』(ハヤカワ文庫)で日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞、短編集『嘘と正典』(ハヤカワ文庫)は直木賞候補にもなり、2022年には旧満州の架空の都市を舞台にした壮大な年代記『地図と拳』(集英社)を発表されるなど、今最も作品が注目されているSF作家のひとりだ。
本書でも、実は本庄にはコンマ数秒先の世界が見えているとか、そんな物語に展開するのでは、と思っていた。が、どうやらそんな話でもなさそうだ。
三島玲央は、「ゼロ文字押し」がヤラセだったのかを調査するため、番組の VTR 見ながら一問ずつ検証していく。やがて、自分が正解した問題をきっかけに、三島の過去の体験を振り返っていく。
やがて三島は気づくのだ。クイズプレイヤーの人生そのものが、クイズの解答に反映しているのではないか、と。それは恐らく、本庄絆にも言えることではないだろうか。本庄が正解した問題に、彼の人生が反映されているのだとしたら……?
『君のクイズ』は、「ベタ問」「確定ポイント」など、競技クイズのプレイヤーたちの独特の思考を紹介していきながら、クイズの奥深さを明らかにしていく、恐らく日本で初めての「本格クイズ小説」なのである。読み終えると、クイズ番組の見方が変わるだろうことを保証する。
あわせて読みたい本
『君のクイズ』でも参考文献として挙げられている本。現代を代表するトップクイズプレイヤーが、早押しクイズにおける思考法・解答法を数多くの具体例と共に解説している。クイズ王の頭脳を余すところなく公開した秘伝書のような本だ。
おすすめの小学館文庫
『藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿』
藤子・F・不二雄
小学館文庫
小川哲さんがSF作家なので、SFつながりで紹介。藤子・F・不二雄さんの「すこしふしぎ」な世界を短編マンガで楽しめる。話題になった「劇画・オバQ」も収録。