アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで③

アンソロジー『絶縁』ができるまで

 村田沙耶香さんから「痺れるテーマですね!」と、それこそ痺れるリアクションをもらった私たちは、さっそくご本人に面会を申し込みました。あるホテルの喫茶ラウンジでのこと。村田さんに企画趣旨をお話しすると、とても面白がってくださいました。そのシーンを思い出すとき村田さんに後光が差していたような絵が浮かびます(単に日当たりがよかっただけかもしれません)。

 よし、チョン・セランさん、村田沙耶香さんの二人がいれば行けるぞ! 自然と胸が高まりましたが、その段になってはじめて、「どこに」行けばよいのか、つまりはどんなアンソロジーを作りたいのか、と自らに問いかけたような気がします。

 セランさん、村田さんが参加してくださる以上、生半可なものは作れません。まずは純文学、SF、ファンタジーといったジャンルを軽やかに越境する、お二人の作品世界と共鳴するような作家にご依頼したいと思いました。また、セランさんが「絶縁」というテーマを発案した際、「私たちの世代(は分節を経験している)」というキーワードを挙げていましたが、この「世代」をどう位置付ければよいか。お二人の生年を参考に、「75年-84年」の10年間に生まれた作家を探すことにしました。

 おおよその作家選定の条件は見えてきました。しかし、アジアという大海原に舟を漕ぎ出すには、あまりに無知でした。水先案内人が必要です。それが翻訳者です。少し先の話になりますが、皆さんには翻訳の前に、各エリアの文学事情をレクチャーしてもらい、作家選定とともに担っていただきました。影の主役ではなく、表の主役だと思っています。

 仕事にはしたことはありませんが、東アジアの文学は趣味レベルで読んでいました。各エリアの作家事情はうっすらとわかっていましたので、翻訳者の方々のお名前は検討がつきました。韓国の吉川凪さん、中国の大久保洋子さん、台湾・香港の及川茜さん。お三方には早期にたどり着いたと思います(ちなみにセランさんの初期代表作『アンダー、サンダー、テンダー』は吉川さん訳、このアンソロジーに参加した郝景芳さんの最新邦訳作『流浪蒼穹』は大久保さん、及川さんの共訳です。どちらも素晴らしいので是非)。

 またタイ文学の福冨渉さんのことは、 彼がゲストとして登壇していた 「アジア文学の誘い」というイベントに参加していたことから、すぐに頭に浮かびました。そのイベント の開催場所だった チェッコリは、このコラムの第1回に紹介した金承福社長が運営している書店です。またもや金社長に感謝! タイときたらベトナム、という発想は私だけかもしれませんが、流れでベトナムの翻訳文学事情を調べたところ、野平宗弘さんの名前がヒットしました。

 しかし、後の二人の翻訳者との出会いは偶然でした。まずは気鋭の文学者や翻訳者が執筆人に名を連ねる『現代アメリカ文学ポップコーン大盛』という本を、その頃たまたま積読していました。購入動機は内容というより、ピンク色の装丁がカッコ良かったからです。中身はその名通りの、現代アメリカ文学の案内本です。さして今回のアジア・アンソロジーの参考とするつもりもなかったのですが、パラパラ読んでいると、次の一文が目にとまりました。

〈2010年代は、アジア発の英語文学というものがじわじわと存在感を増している時期でもある(中略)フィリピンやタイ、パキスタンなどをはじめとする地域から、英語話者層と英語という言語が持つ力学を背負って登場する現代作家に漂う、きわめて自省的な作風が、僕にはいろいろと身に沁みて感じられる〉

 アジア発の英語文学とはどういうこと? アジア(おそらくアフリカなども)における英語の汎用性やある種の支配性、もっといえば自国の出版産業の規模から自国言語より英語での作品発表のほうが可能性が広がる(それゆえ、「自省的な作風」となる?)……といった事情を恥ずかしながら、一切知らなかった私は、その原稿の執筆者であり、翻訳者でもある藤井光さんに相談に乗っていただきたいと思いました(その後、藤井さんとお会いし、シンガポールのインドネシア系作家であり、英語作品を発表するアルフィアン・サアットさんを推薦されることになります)。

 最後にもう一人。おおよそ各エリアの翻訳者の協力も得られつつあり、どうにかなるかな、と思っていたある日。なんとはなしに流れていたTBSラジオの「アフター6ジャンクション」から宇多丸さんの陽気な声が耳にとまりました。

「今週はチベット文学の星泉さんをお迎えします」

 えっ、チベット文学!? 最後のピースがピタっとはまった瞬間でした。
(続きは次回に)

担当者かしわばら
※この本は二人で編集しました。そのうちもう一人も出てくると思います。

『絶縁』ができるまで④


\12月16日発売/

絶縁

『絶縁』
村田沙耶香、アルフィアン・サアット、郝景芳、ウィワット・ルートウィワットウォンサー、韓麗珠、ラシャムジャ、グエン・ゴック・トゥ、連明偉、チョン・セラン


週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.66 啓文社西条店 三島政幸さん
話題の新刊『今夜、ぬか漬けスナックで』(古矢永塔子著)、書店員さんから熱い感想届いてます