穂村 弘『短歌のガチャポン』

穂村弘『短歌のガチャポン』

それはもう限界超えたマイケル踊り


 朝、ハイヒールの会社員らしい女性が、駅の通路にしゃがみ込んでいた。体調が悪いのかと思って、どきっとする。でも、違った。彼女はガチャポンを見つめていたのだ。硬貨を入れてハンドルを回すとカプセルがポンと出てくる、あれである。急に親近感が湧く。大人なのに、通勤の途中だろうに、そんなに本気のエンジンがかかってしまうとは。なかなかやりますね。見事なオタク魂の持ち主だ。そこまでして、いったい何を狙っているんだろう。自分が最後に本気でガチャポンに挑んだのは数年前。狙ったのは、大竹伸朗さんのジャリおじさん人形だ。どうしても欲しくて出てくるまで何枚でも五百玉を投入する覚悟だったから、一発で引き当てた時は心の中でうおーと叫んだ。

『短歌のガチャポン』という新刊にはタイトルの通り、百首の短歌がランダムに収められている。記憶の闇に眠っていた宝物のような短歌や、偶然出会って一目惚れした短歌など。すべてが五七五七七で同じ形というのもガチャポンっぽいと思う。幾つか中身をご紹介しよう。

歌いつつ踊る踊りがそれはもう限界超えたマイケル踊り

奥村晃作


おふとんでママとしていたしりとりに夜が入ってきてねむくなる

松田わこ


あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の

千種創一


今日君が持ってる本を買いました。もう本当のさよならなんだ

福島遥


(7×7+4÷2)÷3=17

杉田抱僕


ふきあがるさびしさありて許されぬクレヨン欲しき死刑囚のわれ

島秋人


結婚はタイミングだと言われた日 独りの部屋でおなら出し切る

カン・ハンナ


ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる

冬野きりん


 五七五七七のカプセルを開けると、中から飛び出したのは、どれも捨て身の本気に充ちた言葉の塊だ。マイケル・ジャクソンのダンスを「マイケル踊り」と呼ぶ衝撃。「しりとり」の作者は当時七歳の少女。間違い「動画」の「海」の眩しさ。「本当のさよなら」の作者はハルカトミユキというバンドのハルカ。数字の式は「かっこなな/かけるななたす/よんわるに/かっことじわる/さんはじゅうなな」と区切って読むと五七五七七の短歌で、もちろん数式としても成立している。子どものように「クレヨン」を欲しがった作者は死刑になってしまった。「おなら出し切る」の気迫。「ペガサス」は暴走した祈りのような愛の歌。『短歌のガチャポン』から飛び出した歌たちには、読んだ人の魂を解放する危険な自由さがある、と思うのだ。

 


穂村 弘(ほむら・ひろし)
歌人。1962年札幌生まれ。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。評論、エッセイ、絵本、翻訳など様々な分野で活躍している。『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『世界音痴』『もうおうちへかえりましょう』『ラインマーカーズ』他著書多数。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、2017年、エッセイ集『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、2018年、歌集『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。

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短歌のガチャポン

『短歌のガチャポン』
著/穂村 弘

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