◎編集者コラム◎ 『山岳捜査』笹本稜平

◎編集者コラム◎

『山岳捜査』笹本稜平


『山岳捜査』写真
山岳小説といえば、地図! 文庫判は四六判に比べると小さいので、文字の大きさにも気を遣いつつ、できるだけ地形や方角がイメージできるように作成しました。

 2021年11月に急逝された笹本稜平さんは、警察小説(代表作はともにTVドラマでシリーズ化された『越境捜査』『駐在刑事』)と山岳小説(代表作は映画化された『春を背負って』)の二大ジャンルで健筆をふるわれていました。本書は、その二大ジャンルのハイブリッドに挑んだ意欲作です。

 長野県警山岳遭難救助隊に所属する桑崎祐二は、同僚の浜村隆と鹿島槍北壁中央ルンゼを目指す途中、氷河の雪渓とも呼ばれるU字型の谷、カクネ里で女性の他殺死体を発見する。桑崎は遺体をヘリコプターで収容しようとするが、直前に雪崩が発生し、死体を飲み込んでしまった。桑崎と浜村は死体発見の前日、不審な男女三人がカクネ里で幕営しているのも目撃していた。桑崎は北アルプスの山々を利用し禍々しい犯罪を企てた人物の存在に気づく。厳冬期を思わせる五竜岳への壮絶な捜索行の果てに辿り着いた、驚天動地の真実とは──。

 著者はかつて何度も北アプルス各峰への単独登頂を果たしたそうです。作中で描かれる山々の美しさ、冬山の厳しさは、その経験が生かされているのだと思います。

 

 風はいよいよ強まって、カクネ里の底はいまや地吹雪の様相を呈している。ヘリが飛べないのは言うまでもない。桑崎たちにしても、この状況で下山するのは雪崩のリスクを考えると避けたいし、死体を放置してこの場所を離れれば、新雪に埋もれて再捜索を余儀なくされる。けっきょくほかに選択肢はなかった。

 問題はいつになったらヘリが飛べるかで、地元気象台の予報では、この荒天は少なくともあすいっぱい、長引けば三日は続くらしい。

 死体は雪に埋もれないように上からツエルト(不時露営用の軽テント)をかけてある。

 いずれ本格的に吹雪き始めればツエルトごと雪に埋まるが、ある程度は現場保存の役に立つはずで、それも鑑識課と相談した結果だった。

「あと一日二日は食料も燃料も保ちますけど、そのあとも荒れ続けたら、我々が遭難する羽目になりますよ」――本文より

 

 山岳×警察ミステリーの金字塔とも言える傑作をぜひお楽しみください。

──『山岳捜査』担当者より

山岳捜査

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笹本稜平

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