『君のクイズ』小川哲/著▷「2023年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
無駄のない美しさと何かも飛び越える自由さ
物語はクイズ大会で問題が一文字も読まれぬうちに対戦相手が正答するという不可解な事態で幕を開けます。その謎は頁を繰らせる牽引役となりますが、謎を解く「過程」の面白さこそが本作の一番の魅力だと私は思っています。結末までの道中で、競技クイズプレイヤーの思考や感情を体験できます。そこに未知の世界に分け入る喜びが、クイズ好きな方にも見知った感覚や世界が言語化される喜びがあるように思います。著者の小川さん自身が言う通り内から見た魅力と外から見た異様さの両方が描かれているのです。
理詰めでの謎解きが本作の柱とすると、柱に渡される梁は各エピソードと主人公三島の饒舌な脳内思考です。そこには小説的な感興がにじみ、徐々に見えてくる三島や対戦相手の人となり、価値観、過去などに胸が揺さぶられる瞬間があり、青春小説の趣もあります。柱と梁の組み合わせ方が見事で、本当に必要なものだけで構造ができています。その無駄のなさ、全部が面白さに寄与している(と私は感じる)美しさを担当編集としては「全力PR」したいです! とはいえ小川さんの文章が筋を伝える機能に特化しているわけではなく、時に可笑しみ漂う人物描写などユーモアも含みます。緩急と構造の見事さとで、本当に一気読みできる本だと思います。私も最初に小川さんから原稿の半分ほどをいただいたとき、夢中になって一気に読み終えてしまい、続きが待ちきれませんでした。
もう一つのPRポイントはジャンルや界隈の自由自在な行き来ぶりです。掲載ジャンルの広い「小説トリッパー」が初出のためか、当初から文学/エンタメ/ミステリーなどジャンルを越え様々な小説好き(クイズ好き)の方に読んでいただけました。その後も文芸時評、エンタメ書評、YouTubeやTikTokなど方々で自由自在に取り上げていただく=出現する様子には驚きました。SFでデビュー後、短編を含め作品の幅が非常に広い小川哲さんという作家が表れた作品かもしれません。小説が好きなあらゆる方に、試しに手にとってみていただるとうれしいです。
なお作中の「アンナ・カレーニナ」の挿話は朝日文庫『25の短編小説』所収の掌編がリミックスされて織り込まれているんです。ご興味ある方は本家もぜひご覧になってみてください!
──朝日新聞出版 書籍編集部 M
2023年本屋大賞ノミネート
『君のクイズ』
著/小川 哲
朝日新聞出版
くわしくはこちら