椹野道流の英国つれづれ 第7回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯7
プレゼントを渡してさっと失礼するべきだったのかもしれませんが、私は結局、のこのことお家に上がり込み、お茶をご馳走になることになってしまいました。
明るく、当たり前でしょって感じで招き入れてくださったことが、勿論いちばんの理由なのですが……。
イギリスの一般家庭、その中でもうんと素敵な部類であろうこのお家の中を見てみたい。
目の前の素敵な人と、お喋りがしてみたい。
そんな好奇心、そしてイギリスに来てからただの一度も、誰とも親密な会話をしていないという寂しさに勝てなかったのです。
小さいコテージなので、どのお部屋も可愛らしいサイズです。
1階の大部分を占めるのであろうキッチン、ダイニング、リビングは間続きで、でも、微妙な段差で区切られていました。
ダイニングはキッチンより一段低く、リビングはダイニングよりまた一段低くなっています。
床は、キッチンは煉瓦敷き、リビングとダイニングは無垢の古い板張りでした。
さらにリビングは、床板の上に藤色の丸いカーペットが敷かれていて、あったかい雰囲気。
暖炉とテレビを囲むように、色々な形の独り掛けの椅子が並べられています。
私が「どうぞ」と老婦人に勧められたのは、こぢんまりしたリビングの、暖炉の前に置かれたウイングバックチェアと呼ばれるタイプの椅子でした。
高い背もたれの両側が、前に大きく立ち上がっているタイプの、独特のフォルムの椅子です。
ちょうど数日前、担任に、その立ち上がりは、暖炉の炎から頭や顔を守るためにあるのだと教えられたばかり。
でも、私の目の前にあるのは、パチパチと穏やかに燃える火です。頭も顔も守る必要はない感じ。
ただ、その立ち上がりは、もたれかかると頭を優しく支えてくれるので、むしろうたた寝によさそうです。
あちこちがちょこっと擦り切れた紫色のモケット張りで、スプリングがちょっとへたれた感じも愛おしい、おそらくはアンティークの手前の、ヴィンテージ家具。
いいなあ、この椅子。こういうのが、これから不動産屋を巡って探さなきゃいけない、私の部屋にも置けたらな。安い古道具が見つかるといいなぁ。
そんなことを思いながら、私はうっとりと室内を見回しました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。