週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.104 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん
- 書店員さん おすすめ本コラム
- 100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集
- ユン・ソングン
- 世界中で迷子になって
- 古本屋は奇談蒐集家
- 小学館文庫
- 平井真実
- 清水博之
- 目利き書店員のブックガイド
- 福井県立図書館
- 角田光代
ずっと探している本がある。男の子がすべり台をすべり、いろいろな国を通っていく絵本だ。中でも印象的に残っているページがお菓子の国を通るときに、とてもおいしそうなお菓子を取って食べながらすべるページで、小さいころの私はそこが大好きで飽きることなく眺めていた。どんなことでもインターネットで検索すれば出てくる現在だが、ざっくりした記憶を入力しても全くヒットしない。書店員としてお客さまの探している本を探すことも多く、検索の能力が上がっていると思っているのに、自分が探しているこの絵本はいつまでも見つからない。
『古本屋は奇談蒐集家』
ユン・ソングン 訳/清水博之
河出書房新社
先日ユン・ソングン『古本屋は奇談蒐集家』という本が入荷した。表紙のイラストから海外小説かと思い並べようとしたところ、帯に「ソウルに実在する古本屋を訪れる依頼人たちの、奇妙で、シュールで、感動的な物語。本を探す過程はミステリー小説のようだが、これはすべて実話だ」と書いてあり、実話?! と並べる棚を小説からノンフィクションに変えた。著者は古本屋を営みながら依頼人が探している絶版本を探し出し、手数料としてその本を探している事情や理由を聞き蒐集している。「本には作者の物語が書かれているが、本を求めている人は、そこに自分だけの物語を重ね合わせる。そうして世界にひとつだけの新しい作品が生まれるのだ」。まさにそうだと思った。同じ本を手にしても、一人一人その作品から感じとるものは同じではないのだ。著者が絶版本と引き換えに蒐集している人生の物語は、まさに小説より奇なりというしかないものばかりだ。
本を探しに来る人は年齢も職業も様々。誰も聞いたことがない本を探している男性、脳卒中で倒れた弟のために本を探している兄、同じ本を探している二人の男女、改訂版が流通されているのにもかかわらず初版本を探している男性、学生時代に友人と行った旅行のきっかけになった紀行文を探している男性、亡くなった妻が読んでいた小説を探す夫、日本に留学していた男性が探しているのは倉田百三『愛と認識との出発』だった。島田雅彦や渡辺淳一の作品も出てくる。
著者の本の知識も豊富で、それだけではなく本に対する情熱や愛も感じる。ヘッセのある一文だけ覚えていた男性の探している本を見つけるために、書店で流通しているヘッセの著作を3ヶ月かけて全て読んだが見つからず、実はその後の改訂でその一文が書かれていた散文がまるごと削除されており1980年代の版にだけ載っていたのを探し出したというくだりは書店員として脱帽だった。作品は絶版本が見つかりそこで終わりではなく、その後の物語も様々で、人の数だけ人生や歴史があり、一人一人が唯一無二の存在なのだと気付かされる。
「心から切実に求めている人に向かって本は静かに近づき、手を差し伸べるのだ」と著者はいう。私の探している本がいつか近づいてくる日を楽しみに待つことにしたいと思う。
あわせて読みたい本
『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』
著・編/福井県立図書館
講談社
書店員、古書店の店主、そして図書館の司書と、本の流通形態や営業形態は違えどもお客さまが探している本を探し見つけるという所は同じ。福井県立図書館の司書さんが書いたこの作品も、そうそう! 私もこうやってお客さまに聞かれた! と思わず微笑んでしまうエピソードがいっぱい詰まっている。書名や出版社がわかれば確実に探せる本も「昔からあるハムスターみたいな本を探してるんだけど……」なんていう問い合わせも。これだけで『ハムレット』を探し出した司書さん、リスペクトです。
おすすめの小学館文庫
『世界中で迷子になって』
角田光代
小学館文庫
この3年間で旅の仕方を忘れてしまった。飛行機や新幹線で夜明けから最終便までの数十時間の旅をしたり、時には長距離の夜行バスに乗って夜中のサービスエリアで1人佇んでみたり、そんなことが楽しかったはずなのにその気持ちをどこかに置いてきてしまった。今は家からの数十キロが全てだ。この作品で角田さんはこう言う。「旅をしたいと思うとき、いつも、本当にそこに世界があるのかどうか、知りたいだけなのである」と。私もきっと旅に出ることで「自分が生きている場所が世界のぜんぶ」ではないと確認をしてきていたのかもしれない。