連載第2回 「映像と小説のあいだ」 春日太一

映像と小説のあいだ 第2回

 小説を原作にした映画やテレビドラマが成功した場合、「原作/原作者の力」として語られることが多い。
 もちろん、原作がゼロから作品世界を生み出したのだから、その力が大きいことには違いない。
 ただ一方で、映画やテレビドラマを先に観てから原作を読んだ際に気づくことがある。劇中で大きなインパクトを与えたセリフ、物語展開、登場人物が原作には描かれていない――!
 それらは実は、原作から脚色する際に脚本家たちが創作したものだった。
 本連載では、そうした見落とされがちな「脚色における創作」に着目しながら、作品の魅力を掘り下げていく。


『陽暉楼』
(一九八三年/東映/原作:宮尾登美子/脚色:高田宏治、五社英雄) 

映像と小説のあいだ 第2回 写真1陽暉楼
DVD 発売中 3,080円(税込)
販売:東映 発売:東映ビデオ

「放しや。着物が汚れるきに」

 宮尾登美子原作の映画『陽暉楼』は前年の『鬼龍院花子の生涯』のヒットを受けて製作され、同じく監督=五社英雄、脚本=高田宏治という座組となった。そして、高田は本作で『鬼龍院~』以上に大胆な脚色をほどこしている。

 時代は『鬼龍院』と同様に昭和初期の高知。自家専門の芸妓を多く抱える高級料亭「陽暉楼」を舞台に、一見すると華やかに見える花柳界に生きる女性たちの過酷な裏側が、若き天才芸妓「桃若」こと房子(池上季実子)の短くも儚い生涯を通して描かれる。房子は店の客としてやってきた御曹司の銀行員・佐賀野井(田村連)に恋し、彼の子を身籠り、やがて出産。だが、佐賀野井に捨てられ、自身は肺病を患い、若くして命を落とす――。

 これが、原作の大まかなストーリーラインだ。房子にまつわる設定や展開は、映画もほとんど変わらない。

 だが、両者は全く印象の異なる作品に仕上がっている。というのも、原作は房子の心象を詳細に追いながら陽暉楼の人間模様のみに焦点を当てていたのに対し、映画で房子以上に物語を動かしているのは、陽暉楼の外側に生きる二人の人物だからだ。この二人はいずれも、高田の創作といって過言でないキャラクターだった。

 一人目は、房子の父親・勝造(緒形拳)。

 原作での勝造は魚屋という設定で、博打好きの勝造が借金を背負ったために房子が売られている。だが、映画ではそこを大きく脚色。勝造は女衒という設定に変わっており、女義太夫の呂鶴(池上の二役)との間に産まれたのが房子だった。そして、呂鶴は勝造と駆け落ちする際に殺され、そのために房子は勝造を激しく憎悪していた――と、両者はより激しい相克を織り成す関係性に脚色されている。

 二人目は、その勝造の愛人・珠子(浅野温子)。これは原作には登場せず、映画化にあたって高田が新たに作り上げている。

 珠子は勝造の心に今も呂鶴がいることに嫉妬し、その生き写しともいえる房子に激しい対抗心を燃やす。そして勝造に頼み込んで陽暉楼で働けるよう面接を受けるも、女将(倍賞美津子)に跳ね除けられ、「どうせ身体を売るなら、芸妓も女郎も同じこっちゃ!」と半ばヤケクソで、遊郭で女郎をすることに。

 あくまで芸を磨き、それを売りものにした上で男に抱かれる芸妓。ただ身体を売るだけの女郎。双方の立場の違いが勝造を挟んだ愛憎とも絡み合い、房子と珠子は激しくぶつかり合う。

 冒頭に挙げたセリフは、珠子から喰ってかかられた際に房子が切り返したセリフだ。房子の芸妓としてのプライドと珠子への侮蔑が表われた、見事な切り返しである。そして、この後で両者は壮絶な取っ組み合いを展開する。こうした珠子との闘争が描かれたことで、原作ではただ哀れな存在であった房子の芯の強さが描かれることになった。

 そして高田は、こうした女性たちの闘争に加え、勝造をめぐるもう一つの物語を盛り込んでいる。それは、大阪のやくざ組織・稲宗組との対峙だ。高知に勢力を広げようとする稲宗(小池朝雄)は、上流社会の社交場でもある陽暉楼の乗っ取りを企む。そして、それを阻止しようとする勝造を襲撃していく。房子や珠子も、そこに巻き込まれてしまう。

 これは、女性たちのドラマだけでは東映の映画としては弱いという判断からの創作だった。勝造は女性の身体を感情一つ動かさずに商品として売買する、人でなしのような人間だ。が、こと高知を護るためならいくらでも命を張る。その見事な漢ぶりは、ヤクザ映画の名手・高田の面目躍如といったところだ。

 原作は陽暉楼の人間模様、特に後半は房子の悲恋に終始した。それに対し、映画は房子と珠子のぶつかり合い、勝造と稲宗組との抗争――と話のスケールは一気に大きくなっている。こうした脚色は、文学的な原作のエンターテインメント性を高める効果は絶大であった。

 だが、それだけではない。『鬼龍院花子の生涯』の際に高田は血の繋がらない父娘(仲代達矢・夏目雅子)の相克と融和を描き切ったが、本作でもそうなのだ。愛憎の超克が感動を呼ぶ展開になっている。

 房子と珠子は、激しくぶつかり合ったことで互いを認め合うようになる。珠子は何かと房子を気遣い、誰にも心を開くことなく孤独に生きてきた房子にとって初めての心許せる「友」といえる存在に。燃える展開だ。

 一方の勝造は、自身が女衒であること、また娘に恨まれていることから、房子とは距離を置いて生きてきた。だが、自身が命を落としかけ、また房子も病に倒れたことで、考えを変える。「お前が背負い込んだもんは、わしが全部、引っかぶっちゃる」と、房子のために生きようとするのだ。

 房子の生んだ娘(原作では男児)は「房子の血を引いているのなら、いずれ立派な芸妓になるに違いない」と陽暉楼に引き取られていたが、勝造は女将に懇願して自身で育てることに。そのために陽暉楼を追放されてしまう。そして、死の床にある房子を見舞い、窓ガラス越しに娘を会わせる――。

 原作では、過酷な運命に翻弄され、叶わぬ恋に苦しみ抜いた末に孤独に死んでいく房子の様が、切々と描かれていた。それに対し、高田は勝造・珠子という新たに創作した人物たちとの関係性をドラマチックに脚色している。その結果として、房子の生涯にせめてもの救いがもたらされることになった。

【執筆者プロフィール】

春日太一(かすが・たいち)
1977年東京都生まれ。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才 勝進太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず! 完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『役者は一日にしてならず』『すべての道は役者に通ず』(小学館)、『時代劇入門』(角川新書)、『日本の戦争映画』(文春新書)、『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』(ミシマ社)ほか。

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