週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.88 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん
『憂鬱探偵』
田丸雅智
ワニブックス
憂鬱である。寒さと暖かさ、時には暑いくらいの気候変化のせいなのか、プライベートと仕事での悩みなのか、はたまた年のせいなのか。なんだかわからないが最近モヤモヤと憂鬱な日々が続いている。憂鬱な時はのんびりと好きな音楽聞いて、好きなもの食べて、好きな本を読んで、推し活でもして、そうすれば気持ちも上がります――なんて解決法をよく見かけるが、それすら受け入れられないほど落ち込んでいる。そうなると不思議なことに日々の生活の細かいことまでうまくいかないことが多く、ああ、私ってオトナなのになんでこんなにダメなのかとまたズドンと落ち込むという悪循環が続いている。
そんな憂鬱な中で出会った一冊。田丸雅智『憂鬱探偵』。表紙がもう憂鬱である。ビルから噴き出る黒い霧のようなものに吹かれている探偵らしき男性と女性。本に巻かれている帯は真っ黒。「『憂鬱な出来事』の裏にひそむ“秘密”をイヤイヤ暴く! どこか冴えない探偵のショートショート」「そんな依頼はおれにまかせ――ないでほしい。ぜったいに。」おいおい、探偵なのにまかせないでってどんな話よ、と思い目次を見ると、そこには9つのショートショートが収録されており、憂鬱あるある(?)が満載だった。「足を踏まれる」「なかなか料理がこない」「保存しないままファイルを閉じる」「ジャンケンでいつも負ける」「靴下をよくなくす」「スマホの充電がすぐなくなる」「服が他人とかぶる」「パスワードのリセットメールがぜんぜん届かない」「月曜日は気分が沈む」。この中でも特に、保存しないままファイルとスマホの充電とリセットメール、まさに最近経験した憂鬱な出来事だったためこれをどうやって解決するのか気になった。以前にも田丸さんの別のショートショートを読んだことがあり、起承転結が鮮やかでそれでいて似たような話が一つもなく、そこに着地します!? という驚きが満載だったので、きっと私のこの憂鬱も吹き飛ばしてくれるだろうという期待もこめて購入してきた。
9つの作品を通して登場するのは、大学を卒業し中堅の探偵事務所を経て独立したのはいいが依頼が来ず、毎月事務所の家賃が払えるかギリギリの生活をしているニシザキ探偵事務所の憂鬱探偵こと西崎と、以前から探偵の仕事にあこがれ、何もない自分を変えたいと飛び込んできた大学生の若菜の二人。ある日依頼が全く来ない日々を打開すべく、街で何か困っていることがないか聞いて回る若菜が見つけた一人の男性が探偵事務所を訪れる。その男性の依頼は「私、電車でよく足を踏まれるんですよ」という依頼だった。混乱する西崎とは反対に、「これって秘密があると思うのです、西崎さんなら解決できると思います! 直感です」という若菜。調査に渋々行く西崎がたどり着いた結果が、これまたびっくりする結果だったのでこれは作品をぜひ読んでほしい。
帯に書かれていた、そんな依頼はまかせないでほしいという依頼を若菜が毎回もってくる面白さと、そのまさかの調査結果が、この日々の憂鬱なことも壮大な秘密が実は裏にあるのではと思わせてくれてちょっと前向きに元気になった。特に月曜日に気分が沈むあなた、これを知ったら月曜日がほんの少しでも楽しくなるかもしれない、そんな一冊なのでぜひ読んでみてほしい。
あわせて読みたい本
『夜市』
恒川光太郎
角川ホラー文庫
今までショートショートといえばSFと勝手に思い込んでいた私が衝撃を受けた、田丸さんの初期の作品集『夢巻』。作品全体に誰もが懐かしく感じるであろう郷愁がほのかに漂いとても心地がよく、これって私の好きな恒川さんの作品にも通じる感覚だと思い、田丸さんにお会いする機会があった時に失礼にあたるかもしれないので恐る恐る聞いてみたところ、田丸さんも実は恒川さんの大ファンで、ファン同士話がものすごく弾み、田丸さんの作品よりもお互い恒川さんの話ばかりしたという思い出があります。特に『夜市』は田丸さんの作品の雰囲気が好きな方に読んでほしい一冊。
おすすめの小学館文庫
『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』
森 晶麿
小学館文庫
学生時代持て余していたくらいの時間が、年を重ねるごとに一瞬で過ぎていくのってどんな現象なのでしょうか。読書時間がどんどん削られていく日々。そんな中でもスキマ時間にササっと読める本って何かしら読んでいたいと思う私が持ち歩くのに重要な要素。こちらは4〜5ページで1作品が読めます。にもかかわらず、まるで長い作品を読んだかのような読後感のあるさまざまな世界が広がっていてとても驚いた一冊です。