【著者インタビュー】向井透史『早稲田古本劇場』/古本屋「古書現世」の2代目店主が綴るユニークな日々の記録
「珍妙な客とのやりとり」や「本が売れない日々」が面白いと話題。東京・早稲田の名物古書店店主にインタビュー!
【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】
「先輩から『儲かった話はするな』『失敗した話は大げさに話せ』と教えられました」
『早稲田古本劇場』
本の雑誌社 2200円
東京・早稲田にある古書店「古書現世」は1975年に誕生した。著者・向井透史さんが父親の経営する店で働き始めたのは、1991年に高校を卒業してすぐのこと。以来30年あまり、古書店の店頭から、早稲田の街と人を見てきた著者による、約10年にわたる記録。≪決して広いとは言えないうちの店ではあるけれど、そこは様々な人間がありとあらゆる人生を披露する舞台なのだと思うようになっていった≫(「まえがき」より)。お客が来ない日、へんなお客が来た日、コロナ禍もあったこの10年、ペーソスのこもった軽妙な文章が胸にしみる。
向井透史
(むかい・とうし)1972年東京生まれ。早稲田の古書店「古書現世」の2代目店主。店を継いだ’90年代半ばの頃について本書にこう記す。≪当時はまだ本が売れており、なんていい仕事なんだと思っていたが、まさかこんなに急落する未来が待っているとは(十代の俺、貯金しろと言いたい……)≫。著書に『早稲田古本屋日録』(右文書院)、『早稲田古本屋街』(未来社)がある。
ユニークな客がやってくるのは「店の並びに銭湯があるおかげ」
「古書現世」は、早稲田の地蔵横丁にある古本屋さん。向井透史さんの父親が創業、後を継いだ向井さんが2代目店主だ。
2010年8月から2021年12月までの日々の記録が、『早稲田古本劇場』として出た。
タイトルの「劇場」にふさわしく、古書店という小さな舞台にやってくる客はユニークでものすごく個性豊かだ。店主の向井さんとの少し浮世離れしたやりとりが、何とも言えず笑いを誘う。
「店の並びに銭湯があるおかげだと思います。もともとそれほど人通りの多い場所ではないのに、銭湯帰りの客がふらっとやって来て、百円均一の本を買っていく。いわゆる古本好きではない人たちが、こんなところに本屋が、とのぞいてくれるんです。通りと店が地続きにある感じなのは、古本屋としてありがたいことです」
向井さんが折々に書き留めている、客との会話の面白さは、小劇場の舞台を見ているようだ。
「ワタシハ、ドストエフスキーデス」と名乗る、ブロンドの異国の美少年。「すみません、オナラしていいですか」とわざわざ聞いてくる50代ぐらいの男性。代金のかわりに石で払おうとする客。「大変だね。がんばんな!」と声をかけてくるホームレスのおじさん。
「へんなお客さんが来て大変ですね、と言われることもあるんですけど、ああいう人たちが来なかったら、単にめちゃくちゃ暇なだけなので、日常のアクセントとしてもああいうお客さんは必要です」
あんな人たち、ほんとうにいるの? と聞かれることもあるそうだ。
「いるんですよ。ふつうはへんな人がそばに来たら、目をそらしたり、見ないようにしたりするじゃないですか。それではだめで、こちらのほうからも、『あなたのファンです』ぐらいの気持ちで場をつくる感じを出して待つと、面白いパフォーマンスをしてくれる確率が高い気がします(笑い)」
発送のために出向く近所の郵便局で見かける面白い人の観察録も日録の中にたびたび出てきて爆発的に面白いので、観察眼がすぐれているのはもちろんだが、向井さん自身に、面白い人を引き寄せる何か特殊な能力が備わっているのではないかとも思う。
高校時代は柔道一筋で過ごし、卒業して何をしていいかわからず、ひとまず父親の店の店番を手伝うことにしたのが古本屋になるきっかけだったそうだ。
「自分としては店番をやりながら何をやりたいか探すつもりだったんですけど、父親のほうは店を継ぐ前提だと思ったみたいで、業者の市場に修業に出されちゃったんです。それで、やるしかなくなっちゃったんですよ」
当時19歳の向井さんは、古書業界でズバ抜けて若かった。現場のトップである主任になるのに、ふつうは5年ぐらいのところを、12~13年かかった。
「市場の仕事では、すごく勉強させてもらいました。他の本屋さんとも知り合いますし、この業界のことを知るのに役立ったので、結果的によかったと思います」
文章は「自己表現ではなく、あくまで宣伝の一環です」
柔道一筋だった頃は、本もほとんど読んでいなかったという。文章を書くのも見よう見まねで、最初は店の目録に載せるために、短い文章を書き始めた。インターネットがない時代、古本の売買は目録が中心だった。
「ブックオフのCMでも『本を売るならブックオフ』って宣伝してるように、古本屋にとっては直接、お客さんから本を売ってもらうのがすごく大事なんです。あいつのところに売りたいと思ってもらえるように、お客さんが楽しみにしてくれるような文章を書こうと思って。自己表現ではなく、あくまで宣伝の一環です(笑い)。
古本屋から作家になった出久根達郎さんの本をお手本にして、本好きの人はああいう感じが好きなんだろうとまじめに書いてたんですけど、自分の場合は、店であったちょっと面白いことを書くほうがお客さんの反応もよかったので、だんだんいまのような書き方になっていきました」
目録の文章に目をとめた編集者に誘われ、月刊誌(「WiLL」)にエッセイを連載することになる。途中で日録のスタイルになり、10年以上たったいまも連載(「Hanada」)は続いている。
この11年のあいだには、東日本大震災があり、コロナ禍があり、緊急事態宣言が出た一昨年、昨年は、不測の休業も経験した。
向井さんが仕事を始めた30年前と比べても、本は売れなくなってきている。本が売れない、支払いが足りるだろうか、といった心配も隠さず、率直に書かれている。
「弱気なことを書くと、雑誌の読者から、手紙や図書カードが送られてきたりするんです。本の買い取りを依頼してもらうこともすごく多いですね。
古書業界に入ったとき、先輩から、『儲かった話は絶対にするな』って言われたんです。『失敗した話は大げさに話せ』、とも。そうすると、お客さんとも同業者とも、いい距離感が保てると教えられました。面白貧乏って、読んでていちばん面白いじゃないですか。‥‥まあ実際に儲かっていないので、嘘ではないですし(笑い)」
お客さんとのやりとりや、出先で見聞きしたことがいきいきと再現されるが、とくにメモをとったりはしていないそうだ。
「すごく面白いことがあると、ツイッターでつぶやくことはあります。雑誌の締め切りがくると、自分のつぶやきを見直して、細部を思い出しながら書いていきます。忙しくて何もつぶやいていないと、『今月、何にも思い出せない』なんてことになって慌てますね。ニュースを見返して、そのとき起きたことをもとに必死で思い出したりしています」
SEVEN’S Question SP
Q1 最近読んで面白かった本は?
錦見映理子さんの『恋愛の発酵と腐敗について』(小学館)。太宰治賞をとった(『リトルガールズ』)のも好きだったけど、これもよかった。
Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
鈴木智彦さん。アンダーグラウンド案件の本を読むのが好きで、自分ではやりたくないなあと思うところに果敢に切り込んでいくのがすごい。前に古本のイベントに来てもらったことがあって、山田参助さんと「やくざと男色」というテーマでしたが、めちゃくちゃ好評でした。
Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
つげ義春『散歩の日々』という作品が好きで、枕元に置いてしょっちゅう読んでいます。
Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
U-NEXTで見た『川崎競輪』。競輪場のそばの角打ちの店の、短いドキュメンタリーで、おじちゃんたちが飲みながら話すだけなんだけどすごく面白かったです。
Q5 最近気になるニュースは?
アントニオ猪木が死んだことですかね。ぼく、新日本プロレス、全日本プロレスと同い年なんです。団体ができた年に生まれたので。
Q6 趣味は何ですか?
プロレスはずっと好きですけど、趣味じゃなくて思想かもしれないですね。いまはもうがっつり試合を見たりはしないですけど、考え方が抜けなくて、ものの見方が全部プロレスになっています。敵がいちばんの味方、ライバルがいてこそで、倒しちゃいけない、とか。
●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛
(女性セブン 2022年11.24号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/12/04)